おはようございます。梅柴です。

 

今日も歯磨きをしながら、

足の裏を刺激するトゲトゲボールを転がしておりました。

コップ1杯の水を飲んで、

お犬の散歩に行きました。

まだウンチはやわらかいです。

でも、ご飯もしっかり食べるし、

元気なので様子を見ています。

 

昨日はお昼過ぎに、

ジョギングに行ってきました。

ウォーキングは好きなのですが、

走るのは苦手です。

でも、昨日は走ってみようと思いました。

 

初心者なので無理はしないということで、

5分走って5分歩く方法でやりました。

 

日々の筋トレやウォーキングのおかげか、

思ったより走れました。

50分6.2kmを走ったり歩いたりして、

終わりにしました。

 

汗だくです。

はー疲れた。疲れた。

でも、気分は良いです。

 

夜寝る前にストレッチを入念にやったおかげか、

あまり筋肉痛はありません。

 

今日もジョギングに行きたいと思っています。

できれば、筋トレもしたい。

今日も自分を整えていきたいと思います。

 

今日は読んだ本で考えることがあったので、

それについて書いていこうと思います。

 

「もし、〇〇だったら。」

そう思ってしまうことはありませんか?

私はよく思ってしまいます。

「もし、あの時意地悪な気持ちを持った人に負けない自分だったら。」

「もし、病気にならなければ…。」

そんなことを考えます。

そんな、

・病気になった自分

・人間関係をうまくやっていけない自分

そんな自分が嫌です。

「周りに認められる自分になりたい。」

そう思うこともあります。

 

でも、

人から愛されたいと思うなら、

まず、自分にその価値があると信じることが必要ではないでしょうか。

そのために、人の考えや顔色をうかがうのではなく、

自分らしくありのままで生きることが大切ではないでしょうか。

自分は愛や信頼関係を得るに値すると

心から信じることが必要です。

 

多くの人はそれと逆のことをします。

愛されたいがゆえに、

人の顔色をうかがって、

その場に合わせて別の人間になろうとします。

いつも自分以外の何かを演じようとします。

完璧を目指し、人を喜ばせ、自分の価値を確かなものにしようとするのです。

「今の自分」に価値があると信じられないのです。

自分を信じるのに条件はいらないのに。

多くの人が

「もし○○だったら」という条件をつけるのです。

 

どうすれば相手に受け入れてもらえるか、

認めてもらえるか、

何を話せば聞いてもらえるか、

どうすれば喜んでもらえるか、

触れてはいけない話題も分かっている。

いつでも、自分ではない人物になれてしまう。

人に合わせることは

「こうすれば受け入れてもらえるだろうという人間」を演じることです。

 

人と繋がる・信頼関係を築くとき、

本当の自分を偽る必要はないのです。

 

私もそうです。

人間関係をなんとかうまくいかせるために、

人の顔色を常にうかがって、

それによって自分の言動を変えているところがあります。

ある程度、私はそれは必要だと思います。

でも、自分を見失うほどそれをやってしまうと、

相手とうまくやっていけない自分はダメな自分だと思ってしまいます。

うまくいかなかったとき、

「もし、〇〇だったら。」という考えが浮かびます。

そしてまた、どんどん本当の自分ではなく、

誰かに望まれる自分になろうとすると思います。

 

私は、誰かに望まれる自分になるのではなく、

ありのままの自分でいられる人たちと一緒にいたいなと思いました。

ありのままの自分でいることと、

自己中心的は違うし、

相手を思いやるのと、

相手の思い通りに動くのは違います。

 

あなたは、あなたのままで受け入れられる価値があります。

愛される価値があり、信頼されていいのです。

「もし○○な自分だったら」

ではなく、

「今の自分」

を信じてあげてほしいと思います。

 

難しいし、

ありのままでいることは勇気のいることです。

それでも、自分が大切な友人だったら、

顔色をうかがって臆病になっている友人に、

あなたのままでいいよと言うのではないでしょうか。

あなたのままが素敵だよって言うと思います。

 

私もありのままでいれていませんでした。

今も難しいと感じています。

 

でも、私は私で、誰かほかの人ではないし、

私はありのままの自分を信じてあげたいと思っています。

 

ありのままの自分を受け入れてくれない人もいるでしょう。

 

それは、悲しいかもしれませんが、

ありのままでいれない方が、

もっと自分に対して悲しいことではないかと私は思います。

 

長くなりましたし、まとまっていませんが、

難しいけど、勇気がいるけれど、

ありのままの自分で生きていきたいという話でした。

 

私は私。

何かできる自分も、何もできない自分も

素敵な私の一部です。

 

それでは、また。