戦時下で、自由な発言や行動をすると、軍に捕まえられていた・・つらい時代・・
悠太郎は、戦争前、市役所で、小学校や地下鉄をつくり、それも「ごっつう安全につくる
」という強い信念のもと、イキイキと、とりくんでいました。けれど、太平洋戦争がはじまり・・・鉄筋不足で建設も不可能になってしまい・・本来の仕事ができなくなります。
しだいに、日本軍司令部は、狂気を増していったのでしょうか・・・
国民には防空義務がかされ「焼夷弾はそんなに怖いものでない。 空襲時には、市民が一丸となって、敵の思うつぼになって町を延焼させないよう、まず火消しにあたれ
」と、なんとも・・間違った恐ろしい命令がくだされていました・・・そんな中、昭和19年・・・悠太郎は、そんな防空指導の仕事の命令をされました。
当日、悠太郎は・・・何よりも「安全」を大切にしてきた信念のもと
周囲が仰天する行動にでました。
それは、真実で、正しいものだったのです。人の命を守るため・・
けれど、軍の命令と全く反対の行動だったので、すぐに逮捕されました。
その後、周囲の人、め以子の奔走で、牢獄からは釈放されましたが
家に帰宅した日、め以子が「皆が、どんなに心配したか!まわりのこと考えてないですよね!」と、最初は悠太郎を突き飛ばし、めっちゃ怒りながらも、
「・・・でも、りっぱなお仕事でした・・」
と、抱きしめたなか悠太郎、少し複雑な顔していたんですよね・・・
その時は、周囲に迷惑かけた申し訳ない・むなしい思いがあるのかな?と思ったのですが・・・
なんと実は・・・非情にも、満州の陸軍部隊にいくように命令されていたんですね・・
当時の満州は、「帰ってこれないかもしれない・・混乱の地になっていました。」
実は、ななうめの、母方家族は、その頃、満州にいました。そのことは、今後また書きますね。
悠太郎は「め以子の、笑顔をみて、自分も笑顔で行きたいから・・」と、
満州行きを、全く告げず、手紙だけ残します。
でも、家を出て行ったあと、手紙を預かっていた、お静が「あんた、やっぱ追っかけていき
」と、事の次第を告げて「ちゃんと、おわかれしとき
」と、め以子に叫びます。この時の、お静の、め以子に走り寄る、おばあちゃん走り(笑)が、実に真にせまってて良かった。
宮崎美子さん、ホントホントに素晴らしい女優さんになったなーと思います。
下記にあえて画質悪くしているけど、あげてるので良かったら見てみてください。
一部だけでは、わからないので、興味ある人は、全編をぜひみて欲しいです。
動画の9分ころの、画像で、省吾さんの「悲しみは雪のように」(オリジナルバージョン)が浮かびました。
ななうめは、ドラマで派手に使われたバージョンより、オリジナルの素朴バージョンが
凄く好きです。
CLUB SNOW BOUNDの中ジャケに引用し(悲しみは・・の歌は、このアルバムにはありませんが・・)
酒田ライブでは省吾さんが、この詩を朗読されて「悲しみは雪のように」を歌われています。
吉野さんの、詩が、染み入ります。
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誠実でありたい
そんなねがいを
どこから手にいれた
それは すでに
欺くことでしかないのに
それが突然わかってしまった雪の
かなしみの上に 新しい雪が ひたひたとかさなっている
雪は一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなくふりつづけなければならない
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪の汚れをかくすことができないからだ
誠実が誠実を
どうしたら欺かないでいることができるのか
それが もはや
誠実の手には負えなくなってしまったかのように
雪は今日も降っている
雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく
かさなってゆく
吉野弘 氏
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