小学校入学は、一樹にとりかなり鮮烈なデビューになった。


校門で糞をしたのだ。


入学式前しかも、これから入るという正式な正門で…


一樹はそうそうに校長室行きになった。


「何で君はそんな事をしでかしたのかねぇ。」


呆れ顔で聞く校長だが、前代未聞で半ば興味津々でもあった。


「それは、したくてしたくて、我慢できなくて、

 オカンがそこでしぃと言うもんやから。」


隣に居た、母親はもじもじと耐えられない顔になっていた。


「あっははははははは。そうかそうか、それなら今度はちゃんと

 便所でせなな。」


豪快に笑い飛ばした。


懐が深く、なんて器の大きい人だった。


長く伸ばした髭はッ白いモノが交じっていたが豪快に揺れていた。


延々と続く説教かと思ったが、それっきりで


その後、教室に向った。


母親とはここで別れて、一人教室に向った


教室の扉を開けると、そこにはもう皆が待っていた。


入るといきなり、


「うんこ野郎のおでましだぁ~。」


教室中に鳴り響いた。


一樹はこういう事になっても、平然としていた。


茶化されると、その音頭にあわせて踊りだした。


その場を一気に笑いに変えてしまったのだ。


「そこでおどっとらんと、はよ席につかんとさぁ。」


女性の先生が、出席簿で頭をどつきながら、促した。



学校入学初日としては、かなりの珍事を起したが、


あっという間に学校の人気者となり、6年生においては


ガキ大将で、番長並になっていた。


どういう縁なのか、和子とは3年時のみ違うクラスで


あとの5年は同じクラスとなった。


いつも、隣に居た。いつも。。


けんかした後には、手当てをしてくたのは他でもない


和子だった。


「なんで、けんかばっかするん?」


「けんかは男の勲章ちゃっろ。つよかないと、意味がない。

 日本男児たるもの、つよかないといかん。」


子供の頃から、強い男に憧れる一樹。


それに愛想をつくものの、そういう一面が好きな和子。


不思議な感情が幼い頃から芽生え始めていた。



中学にはいると、体と心の成長で、少しづつ距離が開きだして来た。


一樹も男同士と一緒にいる時間が長く、女性と一緒にいると

軟弱モンとされていた為だった。


一樹もそういう部分もあったが、いつも和子の事は常に

気になっていた。



ある日、和子が高熱を出した時は、隣町にある氷屋まで走り、


3日間運び続けた時もあった。


そんな行動を認めてくれたのは唯一、和子の母だけであり、


父親はけぎらっていたため、


「そんな事をしなくても、私の娘は問題ない。」


と一喝されるほどだったが、そんな事も気にせずに


自分の信念、思うが侭の行動を続けた。


この3日間の後、和子は元気を取り戻したが、


学校で、


「かずちゃん、私の為に氷もってきてよったやんって、

 ありがとうねっ。」


と声を掛かけても、


「そんな事してねぇよぉ~。お前のお父さんにやめれって

 いわれたしなぁ~。」

そっけない返事をして、いつも和子を困らせていたものの、

そういう態度であった一樹を、いつも見守っていたのは和子だった。

また、そういう優しさも素直に受け止めていた。


中学の3年間は、がむしゃらに駆け巡り、進路の大事な時期に差し掛かっていた。


一樹は将来に向けて手に職をつけるため、工業系を希望し、


和子はお嬢様育ちにこだわっていた、父親の影響で県下でも名高い、

女子高に進む事を、自分の意思とは逆に決められていた。


各々の思惑が叶うこと、将来を決められる想いと逆送する二人。


また親の思惑が当たり前の時代で、個々としての意思はまかり通る

ものではない事。少しの、疑問を抱く初めての時期だった。


二人はそのまま、自分の意思で進む一樹。そうでない和子の未来を

歩む事となった。


高校での、通学は自転車で途中までは二人で行く事が多く、

常に通学は楽しい時間となった。


そんな、高校生最初の本格的な夏を迎える前に、

国民徴兵令が公布された。











青く澄んだ空の下、病気に侵された市ノ瀬一樹は


一人寝床で窓の外の空を眺めていた


市ノ瀬はつい半年前まで、マレー沖で海軍として戦地に居た。


そこで、撃たれた傷がなかなか癒えず、感染病にかかり


それが元で、日本に帰国して、今は故郷である広島に


戻っていた。


実家には母親一人、妹二人おり、父親は2年前、中国で船医として


活躍していたが、途中で船が中国軍に襲われ、戦死していた。


一樹は時々寝返りをうつため、横にしたり、足を少しだが


動かせる程度だが、体を起す事も一人で食事をする事も困難であり、


介助を必要としていた。


その自分の行動に苛立ち、何度も自殺を考えたが、自分は長男


父亡き後は、自分が一刻も早くよくなり、一家を支えなければいけない、


責任があった。


辛い、苦しい、


その繰り返しが、自分を蝕む。


体の不自由より、自分の心の弱さをずっと嘆いでいた。


唯一の心の支えは、幼馴染である、戦地を向う前から好意を寄せていた


佐々木和子の存在が大きかった。


和子は生まれた時から、隣同士の家で、偶然にも1日違いで、


産声を上げた。


1925年6月25日に一樹、26日に和子が生まれた。


丁度この年は、芥川龍之介が7月に大量の睡眠薬を飲み自殺。


つい、5日前にはジュネーブで日米英が軍縮会議を行った年でもあった。





関東方面では関東大震災から4年が経とうとしていた頃でもあり、


まだまだ、日本がどの方向に行くのか人々の不安があった時期でもあった。



どちらかというと、二つの家庭はごく一般的な家庭で、食べるにも困らず、


何不自由なく暮らせる事ができた。


とりわけ和子の父は銀行員であり、一樹の父は軍人と


相対する部分もあり、親同士の仲はさほど良い訳でもなかった。


子供同士は、そんなのはおかまいなしで、仲良くすくすくと育った。


そんな中、一樹が小学校尋常科に入った頃、事件が起きた。







目が覚めたのがもう、病院のベッドの上だった


「あぁ~やっと気付いた。。」


母親の優しい声が聞こえた


どこにいるのかさえも判らない状態で


何をしたのかさえも、思い出せない状態だった



「ここ、病院なのよ。。」


今度は妹だった。


妹も来ていた


ここにいるのが不思議な感覚をずっと抱え込んだまま


横たわっていた


どうしてここにいるんだろう


必死になっても、思い出せない自分にいらだっていた



「おねぇちゃん、意識取り戻したよ!」


door付近の方に向けて、妹が声を掛けたのがわかった


ひょっこり顔を出した



夢斗だった



なんだか急に寂しくなっていたのが溢れたのか


涙が出てきた


「なんで、なくんだよ!泣きたいのはこっちだよぉ。」


夢斗が泣きながら、叫ぶように声を荒げた



「だって、だって…」


言葉の整理ができずに、頭の中で出てくる言葉を


口にだせずにいた


ぐるぐる回る頭を、口には出せずにいる


「いいよ、無理して話さなくて、大丈夫だから。」


優しい声が、脳まで響いてくれる


どんな時でも、こんな時でも優しくしてくれる


夢斗は本当に大事な存在だと、改めて感じた



なんで、生きているの


どうして、自分はここに見守られているの



残念ながら、自分はまだ生きている


生きている喜びは一切無かった


なんでだろうか


本当に死にたいと思ったからだろう


本気で死ぬ気でいたのに、


奇跡的に生き延びてしまい、


こうやって、皆に心配される自分って何者だろうか


本来の自分はこんなんではない


こんなのは自分ではない


どうして生きてしまったのだろうか



死にたい想いは、心の底にはまだ残っている


生きているのは本当に不思議だ


生きられる力は何処から、生まれるんだろうか?



どうして


どうして


どうして


こうやって、生きられるのだろうか



ちゃんと、今後自分への課題へしまってきたい


生きられる意味を探しながら





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この後、退院して、高校も無事卒業した


実業団のバレーボールに入り


直ぐ結婚した


結婚して、2,3年して二人の子供をもうけた


その後、突如自殺をしてしまった


急に


二人の子供は、まだわからない



その後の話しと、


これからの話しは


違う一面で、またお知らせします


拙い小説


とうもありがとうございました<m(__)m>