帰りの電車は妙にさびしくなっていた。
鈴木の事、夢斗と分かれて一人になって、少し傷心気味になっていたこと。
いろいろ考えるとやっぱり、寂しくなり、マイナス思考に走りがちだ。
誰かと居ないと、誰かに支えられないと一人では生きてられないのかともおもった。
時折、この姿がさびしくも思う。
辛いことなど、長い人生に一杯あるのに、何でかわからないが今が非常にも
辛く思えて仕方ない。
電車は「横浜」の駅につき、夜の帰りのラッシュの中賑わう町並みの中
一人でいる事がいたたまれなくなり、恐ろしくもなった。
こういうときに、孤独感を味わうのかなとも思った。
でも、今は少しだけ耐えられそうな気もしていたので、何とか持ちこたえて
まっすぐに乗り換えの、地下鉄のホームに向かった。
自分は歩くとどうしても下を向く癖がある。
これは、多分見られたくないとかの表れだと思う。
下を見ると誰とでも目をあわさなくていいし。
また、人の目線を気にする必要もないから。
どことなく、おびえた感じは少し、情けなくもあったが、
どうしても今の姿が精一杯の自分だった。
地下鉄に乗り込みと帰宅ラッシュだったが、それが一層怖い。
このころから、満員電車とか、人が多いところとかがかなり苦手になっていた。
怖い、恐ろしいのが先に来てしまいどうしても、乗れなくなっていたことに
気づき始めたのはこのころだ。
いかにして、時間をずらすかがいつも頭が痛いが、人が多いことに関しては
本当にだめだった。
家の近くまではほぼ満員で、降りる駅で一気に人並みに流れるようにして、
電車から降りた。
やっと、こういう閉疎感からのばれる、その安堵感で一杯になる。
駅に降りると公衆電話から、夢斗にベルを打った。
「キョウハアリガドウ、ヤットエキニツキマシタ。」
簡単だったが、何か通じている気持ちがあり、ほんわかになれるときだ;
明日からまた練習が1週間あり、それから盆休み。
盆にはいつも田舎に帰るのだが、今年は自分だけ帰らない。
高校部活最後の年ということで、練習に専念して、秋につなげるためだった。
まだまだ、練習が足りないと思った自分のせめてもの対抗意識だった。
今年は、”あいつ”の世話もしなければいけなかったが、あの事件以来
連絡もないまま、このままお流れになることを祈った。
この間より、月明かりは弱かったが、それでもしっかり小さい月明かりは
煌々と照らしていた。
自分への夢と、克服の為にいざ日々真剣勝負だ。
早く自分を見つけたい。
早く自分という存在を感じたい。
そう思い続けている。