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結婚は…と言う話しをしてしまうと、長くなるので
話しを元に戻します。いづれ分かります…
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この頃はかなり、自分でも一番気にする時と、逆に気にならなかった時の
過渡期といっても、過言ではないくらいだ。
どういうことかというと、非常に小さいことでも気にしてしまう時と
どうでも良いときがかなり、ギャップがあり、何も感じない
時があった。
何も感じない感情が沸かない、反応がない。
そういう単語を並べられるだけ並べられる。
そういう暗い時期。
本気で、本当にそういう鬱と躁がはっきりしていた。
多分というか、2重人格。もしかしたら多重人格。
人にもよって違う接し方もした。
非常に好意を抱く接し方。
悪意を持っての接し方。
大半は悪意だが…
それと、ものすごい警戒をする。
何を言われようが、しようが、ものすごい警戒をする。
これは仕方ないことなのだが、相手の事を本当にしるまで
かなりの時間がかかる可能性は高い。
わかっても100%は信じきれない。
そんな感じだ。
例えはあまり嫌いなんだが、古びた旅館での公衆トイレで、ちかちかと
ついたり消えたりしている、蛍光灯みたいなものだ。
自分の否定を強めて、強めて、どこまでも追い込む。
唯一良いところは、誰のせいにもしない。
自分の責任だと一番に分かっていること。
これがなければ、何も出来ない。
ここでましてや、他の人に傷つけるのであれば、
多分自分を殺してしまう。
そういう衝動に駆られたときもあるが、今はない。
それは鈴木の死
をきっかけにして、本当になくなった。
なぜかは分からないが、さすがに目の当たりにすると怖くなる。
でも尊敬もしている。
なぜなら、死ぬ勇気ほどこの世に覚悟を決めることがないからだ。
「死んでやるぅぅう。」「死ぬ気になって…。」
よく人はこの言葉を使うが、本当に死ねるなら楽だろう。
そんな苦労をしなくても良いだろうと思う。
だから、生きるための苦労は、変えがたきものに成るのだ。
死んだら、何も言い訳も出来ない。
その言い訳は通じない。
聞いてくれる相手すらいないのだ。
これはかなり、ショックなことではないか?
というより、それが現実。
死んだらおしまい。
軽々しく、死ぬなんて使えない。
死んでも、死に切れずどうしても生き残る人もいる。
そこまでの決断ができないのか、怖いのか、運がないのか…
でも、覚悟はあるのは立派だと思う。
死んだらおしまい。
自分に言い聞かせている。
さて、明日は3日目の練習だ。
残すは3日。
休みをどうしよう…
そんな余裕のある、夜の過ごし方だった。