むかーしむかし、まだ私がハタチ頃のスペイン留学の時のお話です。

 

語学学校にロシア人のおばちゃんがいらっしゃいましてですね指差し

19歳の自分にとっては既婚者で大柄というだけでおばちゃんに見えたけれど、今になって思うと、現在のサラマよりはよほど若い方だったのかもしれません。

ご主人の都合でスペインに住むことになったと仰っていて、キャッキャッした我々若い衆と絡むことなく授業も寡黙に受けている方でした。

この彼女が発した台詞で印象に残っているものがあります。

 

確かそれは〔独裁政治〕をトピックとする会話の授業でした。

私を含めた欧州の若い衆は「独裁政治は良くない」「独裁者を頂く国民はかわいそうだ」「自分の人生の選択は自分で行えるようであるべき」という、要するに「独裁国家はただちにその方針を改めるべきだ」という方向の意見を口に出していたのですが、彼女が熱を帯びた声色で断固として言い切ったのです。

「独裁者がいなくなればいいというのは独裁されたことのない人間の短絡思考だ。独裁者にずっと納められていた国の国民というのは独裁者がいなくなったとたんにどう生きていけばいいか分からなくなる。舵を失う。長きにわたって管理されてきた人間というのはとたんに管理を外されたからといって幸せになれない」

 

この時、社会経験もなく、いわゆる西側価値観の表面的な意見を倣うしかなった当時の若造である私たちは誰も反論できず、黙るしかありませんでした。

 

サラマの人生の「体験者が語るリアリティというのは事情を知らない人が知ったように語る内容とズレる」ことを痛感したいくつかの機会のうちのひとつとして今でもビビッドに覚えている光景です。

私が「旅行として表面を撫でるだけでなく、そこの土地の人の目線に立てるよう暮らしたい」と、行く先々で「暮らす」ことにこだわることになったひとつのきっかけでもあるかもしれません。

 

それ以降いろんな文化圏に身を据えてみた私ですが、独裁というのはわりとよくあるんですよね知らんぷり

アフリカも基本的には独裁だし、シンガポールだって〈明るい北朝鮮〉と揶揄されているし、私の心の故郷カンボジアだってフン・セン元首相が在任期間世界最長であったバリバリの独裁国家です。

日本だって、私が法律業界にいたがゆえにそういうケースを目にする機会が多いだけかもしれないですけれど、我が子が物心つく前からアレコレお膳立てしてその上を走らせることを「親の思いやり」と本気で思っている管理型の親というのはけっこういらっしゃる印象です。

こちらで出会う日本人にも、おそらくご自身が管理型の家庭で育たれたのであろう方は「北欧の放置したような子育てに我が子を置くのは不安で不安で仕方がない!塾も公文もなくてどうするの!早く夫をシンガポールとかに転勤させてほしい!」とキリキリされていて、冒頭のロシア人の台詞ではないですけれど、ああ、管理型の育ちの方というのは、本当に「管理すること・されること」がプログラミングされていて、管理なくしては自身の存在意義を見失うほどに不安なのだと察せられたのでしたあんぐり


我が子を管理したい親というのはバックグラウンドの文化に関係なくどこにも一定数いるという話なのですが、我が園においても〔子供にギチギチに予定を詰め込まなければ気が済まない親〕と〔信じて自由時間を与え、そのなかから自分でなにかを拾って自律につなげてほしい親〕との方向性の食い違いがあります。私は圧倒的に後者。

 

 

デンマークの教育にも課題はあるわけですが、基本的なスタンスは自立を重視するというか子供が「なぜそれをするのか」を自分で納得できるまでに長い時間をかける傾向にあるように見受けられます。

少なくともうちの園は、それがモンテ風なのか北欧風なのかどちらにも共通するアイディアなのかは存じませんが、子供というのは大人ほどの速度で判断できないのは当然、指示を理解するまでに時間がかかるのも当然、実行するにも時間がかかるのは当然という意識からカリキュラム自体を少なく子供に自由に動かせる時間を多く取っています。

 

サラマはそこに異論がないんですが、

〔子供にギチギチに予定を詰め込まなければ気が済まない親〕勢の先頭にいる麗子なんかは「こうしてほしい」「ああしてほしい」と園にしょっちゅう要望を出しては「自分の意見は無視される」と怒ってますね。 

けれど麗子の要望は…なんていうかちょっとソビエトの香りがしてさ、あんま合わんのだよね自主性を重んじる北欧に…真顔