昨日、文鳥と遊んでいた。
この子は、昨年、11月に我が家に来てもらった。
その頃、つまり、ひなに餌を給仕してた頃、わたしは、絶不調で
ものすごい音をだしながら、 痰吐きを毎日していた。
そのう、いっぱいまで、餌をあげると、すぐに、夫に抱っこしてもらって
わたしは、痰吐きをする繰り返しだった。
毎日そうしてるうちに、お腹いっぱいになって、連れ合いの暖かい手の中で
眠って、このこは、 連れ合いの文鳥になった。
夫が、退職してはじめての、 ひなからの子育てだった。
これまで、仕事優先で、こんな小さい頃から育てるなんてできなかった連れ合いは
餌の時間でなくても、ひなを水槽から出して(寒いので保温のため水槽で育ててる)
手の中で、遊ばせていた。
この人も、本当は、こうやって、赤ちゃんと向きう幸せな時間がほしかったんだな。
今まで、仕事で、一切こういう幸せには、無縁だった。
畑仕事も、冬でお休みで、連れ合いも、ひなも、それは幸せそうにしてる。
水槽は、夫の席の隣にあるので、ひなは、一日中連れ合いをみてる。
そして、抱っこをせがんで、保温器のコードをよじ登る。
大きくなっても、お父さんが 親のように思っていて まっすぐ飛んで行く子に育った。
昨日、お休みで家にいた、家族が、自分になつかないから遊んでも仕方ないといった。
思わず、「あなたが、幸せでなくて、楽しくなくても、この子が幸せならそれでいいのよ。こんな小さな可愛い存在が、、、本当なら、鳥の集団で仲間と仲良く暮らすはずが
こちらの、都合で、ここにきてもらって、家族になってもらって、いるんだから。
この子が幸せなら、それで、いい。」
「人間は、自分で自分を幸せにできるから」
そう話しながら、 家族も、そうなんだなって思う。
相手に幸せにしてもらおうと思うから、不満、愚痴が出る。
何も、期待せず、淡々と、日常、相手が幸せでいてくれれば、
自分は、自分で幸せにできるような、強い人にならないと。
そんな風に思った日だった。