一線を越える。ここでこの言葉の使い方があってるかどうかとも思うけれど。

尿療法ができるようになることは ある意味一線を越えたような気がする。

わたしは 納得しないと 実行しないたちなので
続ける前には かなり調べて納得がゆくまでそれがどういことで 効くのか追いかける。

いわゆる エビデンスが確立されていなくても
体験談がものすごく多ければ 未だ解明されてはいないけどそこに何かがあるのだとわかれば それも体験してみる。

ここからは、 自分はいっつも一線を越えるような選択をしてゆくことになるのかなあと思うことがある。

ここで 尿療法のことをいくら力説してみても
自分も尿療法やってるという人には未だ出会わない。現代医学の 常識からは外れてる道を
体の感覚を頼りに 探してゆくのかもしれない。
選択は それぞれである。