昨日の夜中に急遽「明日パーティー入れない?」との連絡があり、今日の午後はフリーの予定だったけれど結局お仕事でした。最近は肩甲骨周辺の張りが半端じゃなく、さすがに一日弾いたらさらに悪化してしまいました。患部?が痛い、息を吸うのも辛い、腕が重い&なぜか冷たい、吐き気で散々。前に一度診てもらったけれど、改善せず。
そういえば最近なぜだか英雄ポロを弾いているのですが、右小指の爪上部端?にちっちゃい血豆ができました。ちょうど爪が皮膚に当たってるみたいで。ダメじゃん!



先日、千葉まで行く予定があったので5年位前まで住んでいた船橋に立ち寄ってみました。社会人デビューして最初に住んだ街。なんか、色々思い出しちゃったな。あんなこと考えてたなーとか、こんなこと感じてたなーとか。夢に溢れてたなぁとか(笑)別に今より当時のほうが、幸せだったとか不幸だったとか、そういうことはまったく思わないけれど、月日の流れでこうまで考えかたが変わるものかと、そのことに愕然してみたり、当時の信念というか…大事にしてたこととか、そういうことを忘れていたり。
ある意味で原点というのかな。再確認しました。


私には何ができるのかな。私は何をすべきなのかな。


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最近、自分の行動や言動に自信が持てないことが多いです。別に以前は何に対しても自信満々だったというわけではないけれど。ちょっとした行動ひとつとっても、30代でこの行動はどうなのか?!と考えるようになったりして。勢いだけで行動することは変わらないけれど、以前は「まぁいいか」と思って流していたことも、簡単にすませることが出来なくなった気がします。なんといいうか、恥ずかしいと思うのですよ。すべての行動が。
物事の判断なんて、結局自分自身の価値観に頼るしかないんじゃないかって思う。だとしたら、私の価値観ってどれほどのものなんだ?と。そりゃね、価値観なんて人と比べるもんでもないし、だいたい比べられるものでもない。自分が何を大切にして、どんな信念を持って生きようと、そんなの誰にも文句は言えない。
ただね、残念ながら「それは自分の価値観に反する」と思うことも、しらっとした顔して流されてる自分がいるわけですよ。(…あぁそろそろ何いってるのか分からなくなってきた) 流されたほうが楽なこともある。
結局自分の価値観て何よ?そもそも、私の価値観て何かおかしいの?とか、よく分からない渦に巻き込まれていってしまうわけで。


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生まれて始めてバラの花束頂戴した!


書き残したい欲求はあったのだけれど、この気持ちをどう表現したらいいのか分からず現在に至る。

先月30さいになりました。小学校五年生のときから意識していた30さいの壁。私は30になったらこの世から消えるんだって決めてた。正確にいえば30さになる手前、29歳の温かい日差しに包まれた日に消えようと思ってたけれど、何度も何度も思いとどまったのです。結果、紆余曲折ありつつ30さいっていうステージに乗ることができました。なんだか不思議な感じです。

30を迎えたことに対する罪悪感や後悔と、30を迎えられたという幸福な気持ち。複雑です。


これから先のこと。
そんなことちまちま考えてないで今を楽しめばいいのさ、なんて思ったりするけれど、私はまだまだレベルが低いので、自由に描けるはずの将来に悲観的になったり、過去にしでかしてしまったことに悩んだり、アホなことして自己嫌悪に陥ったり、そんなことばかりです。でもさ、負けないで進んでいければいいな、と。せっかく生きているんだから楽しんだらいいじゃん!


29の誕生日も相当アホなことをしてしまったけれど、30さい当日もまたアホなことをしてしまいました。でもさ、それもそれでいいや。私らしくて笑 

30さい、どうか欲張りばっかりの卑しいステージにはなりませんように。
去年は元旦に階段から滑り落ち腰を強打しましたが、今年もやっちゃいました。同じく階段を踏み外し足首を強打。何を思ったか、横歩きで階段を登ろうとして一番下の段で躓きました。一体私は何をしたかったんだ。まぁ、階段の中腹で踏み外して真っ逆さま~ではなかっただけ良かったとするか。。。

今年もよろしくお願いいたします。

弾き初めはまだしていません。初詣もまだ。

今年の抱負は、行動力を高める!です。やらずに後悔するよりも、やって後悔。後先考えないで進め!(笑) まずは、やってみたい勉強があるので資料を取り寄せてみました。あとは色んなところに旅行も行きたい。


そしてなんといっても!30歳というあらたなステージを迎えることが大きいです。小学校5年生のとき「私は30歳になったらこの世から消える」と決めたけれど、その30歳がもう目前。今は消えようとか、悲観的な気持ちは、ほぼゼロ。むしろ新しいステージを快く迎え入れようという覚悟ができています。こんな穏やかな気持ちで30歳を迎えられるようになるなんて、少し前じゃ考えられなかったな。


ピアノ
去年は後半全くピアノを弾いてなかったけれど、今年はちゃんと向き合いたいって思っています。舞台も断り続けてきたけれど、今年は声を掛けていただけるのであれば舞台にも出たい。そしてプレイヤーの仕事も演奏曲がだいぶ色あせてきたのでレパートリーも増やしたいし、アレンジも挑戦していきたい。

年末!!仕事納めって何?それ、美味しいの?ぷはー。

めまいが酷いのですよ。ガラスに激突しそうになったり、ストーブに突っ込みそうになったりして、さすがに身の危険を感じたので、病院に行ってきたら「良性突発性頭位眩暈症」という診断を頂戴しました。めまいのなかでは一番多い病気らしい。数年前に耳管開放症なるものを患ったときも辛かったけれど、これもなかなかなもんです。一応薬は貰ったのですが、基本自然治癒するみたいなので様子見。ただ、病院が年末年始の休みに入る前に診てもらえたし、不安なまま年越しせずにすんだのでよかったけれど。

ーーー

ピアノの話

<今年弾いた曲>
ベートーヴェン ピアノソナタ田園全楽章
サン・サーンス 英雄行進曲(連弾)
アルベニス スペイン組曲より、セビリア・グラナダ
アルベニス 組曲スペインより、タンゴ
グラナドス スペイン舞曲より、一番四番
その他小品を数曲


<ちょこっと弾いた曲>
シューベルト ピアノソナタ13番
シューマン アラベスク
ドビュッシー アラベスク一番二番


<来年弾きたい(弾く予定の)曲>
今年ちょこっとやったシューベルトピアノソナタ13番(これは舞台にのせるつもりでいます)
チャイコフスキーのくるみ割り人形から花のワルツ(これも舞台にのせるつもり)
バッハの何か。
ハイドンかスカルラッティのソナタ
ショパン、バラード三番(ちょっと事情があって弾きたい)
邦人作品を何か。
他は、、、まだ未定です。


私はピアノ弾きとして、どんな方向へ行きたいのでしょう。
最近は「技術的に無難な曲」ばっかり選んでしまっていて、しかもそれを「自分が弾ける範囲で極めればいいじゃん」という、いいんだか悪いんだか分からない理由をつけて逃げている気もする。やっぱり技術的に高めようとするガッツも必要だよな。昔はあまり思わなかったけれど、最近は弾かなければ弾かなかっただけ指がいうことをきかなくなる。現実に直面して「こんなはずじゃ。。。」と打ちひしがれたり。

というわけで
来年弾きたい曲にエチュードを何か追加。
今年はイブもクリスマス当日(今日)も素敵な時間を過ごせたので大満足。いやはや。去年のクリスマスはグダグダだったからな笑 今日は数年ぶりに両親にクリスマスプレゼントも渡しました。昨日まで何も考えていなかったのだけれど、今日ふと思い立って急遽入手。何しろ時間がなかったのでプレゼント選びの制限時間は40分だったけれど、ぴったりのものを見つけられたし、すごく喜んでくれたので、よかった。

ほら、あれよね。

二年以上、両親とは家庭内別居状態で会話がなかったから。どう会話をしていいのか分からなかったし、同じ屋根の下にいても顔を合わせたくなかったのです。声を聞くだけで負の気持ちが心の中を支配しちゃってた。でも今は前みたいに普通に話せるようにもなりました。
感謝とお詫びの気持ちを物で表すっていうのに若干の抵抗はあるのだけれど、それでも、喜んでほしいって気持ち?が伝わったならよかったかなって。

クリスマスが終わると一気に年末です。おかげさまで今年は大晦日から2日までがっつり仕事が入っているので、お正月らしいお正月を過ごせる見込みはないのだけれど!まぁ仕事があるだけありがたいよね。でもまったく休みがないわけではないので、合間を縫って充実した日々を過ごせたらいいな。


人生の岐路
…に立っている知り合いがいます。色々事情があって、私も人生の岐路ってやつに巻き込まれているような、いないような。その知り合いがAを選択すれば私もAの人生が待っているし、Bを選択すれば私もBの人生が待っているし、Cなら~以下略。
何かを始めるのに遅すぎることはない、といっても、生活とか環境とか人との関係とか考えたら、深みにハマっていく気持ちは分かる。自分だけよければいいのか?って言ったらそうじゃないし。まぁどうにでもなるさ、とか、なるようにしかならない、っていえばそれまでだけど。
でもさ、こんなこと言うの、何となく気恥ずかしいけれど、一度しかない人生じゃん。自分が納得できる生き方したいよね。理想論かもしれないけど。


…って、はぁあああっ!
飲みかけのワインを倒してしまった。パソコンは守ったものの、読みかけの本がワインまみれ。なにやってんだ。

今年のクリスマス、こんな締めでよかろうか。

庭がうっすら雪化粧。吐く息が白いことに冬を実感する今日この頃。空を見上げたら無数の星に感激。

…そして、前に進めなくなるほどの強風が吹き荒れるようになると、本格的な冬到来という感じです。比喩じゃなくて、ホント前に進めないから。せめてこの風がなくなれば、もうちょっと快適なんだろうなぁ。。。


ーーー


何を書こうと思ったんだっけ。あ、あれ書こう。書かなきゃ損々。なんて思って気がするのだけれど、忘れてしまった。結局、そんなもんよね。三歩進めば忘れる。

もともと、甘いものはそんなに食べないのだけれど、最近は体が欲してる。危険な季節到来ですな。

ーーー

例えば客観的に見て 「これが正しい!」 って判断をしたとしても、そこに囚われすぎるのは、きっと苦しい。…苦しいけれど、それは自分で判断した結果でもあるという葛藤。
でも、ある程度の方向性というか、軸?がないと、結局流されていくだけなんだとも思う。

柔軟性。

天邪鬼な言い方をするば、どこで妥協するか、なのかもしれない。

妥協ねぇ。

妥協ばっかりの人生なんて虚しいよ。だからこそ、無理なことなんてない、なんて綺麗ごとも言ってみる。


一番虚しいのは自分がどうなりたいのか、どういう道を辿って、どんな結果を出したいのか、ってことがハッキリしていないことなんだと思う。


…違うな。


漠然とした目標はあっても「無理だ」と妥協していることが一番虚しいことなのかもしれない。最初から諦めているんだと思う。ダメージが大きくならないうちに妥協して、被害を最小限に抑えてるのかな。


分からない。自分のことなのに、想像でしか語れない。妥協ばかりの人生は虚しい、なんて言いながら、いつも妥協することで安心している。


矛盾だらけだ。


ーーー


カニクリームコロッケが食べたい。ホワイトソース系の食べ物(グラタンとか)は大嫌いだけれど、クリームコロッケは好き。玉ねぎは嫌いだけれどオニオンスープは好き。そういうもんなんです。
嫌い、でも、好き。好き、だけど、嫌い。世の中、口で説明することが出来ないことであふれてる。


ーーー


全体的に日本語おかしいな。
読み返してみて、何言ってるのか分からない。





本日4件ハシゴ。〆はコーヒーです。

最近、仕事が楽しくて仕方ない。テンション上がる。今月は休みが2日しかないけれど、このテンションで乗りきれそう。これはいい傾向なのか、悪い傾向なのか。

地震がありましたね。私が住む場所も震度4を記録したらしい。宮城に住む知り合いは無事だったけれど、やっぱりあの大地震を思い出してしまいます。その知り合いは家がめちゃくちゃになって大変な思いをしたらしいので。

地震。
すっかり過去の出来事になってしまっていたけれど、まだまだ大変な思いをしている人もたくさんいるし、忘れてはいけない災害なんだよなって改めて思いました。あの地震があった2ヶ月前、東北に旅行していました。もしかしたら巻き込まれていたかもしれない。巻き込まれなかったからよかった、なんて単純に思ってしまってはいけないのかもしれないけれど、やっぱり今生きていられるってことは感謝しなくちゃいけないね。

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本番終了!!演奏したのは一曲だけだけれど疲れた。。。でも楽しかったです。だいぶズッコケましたが。これで年内の本番はすべて終了です。

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今年は曲を弾いた感がないなぁ。華麗なる大円舞曲と、アルベニスやらの小品をいくつか舞台に乗せて、他はベートーベン先生の田園を中途半端にやっただけかも。田園は結局仕上げてないし。本番がいつもの年の半分くらいだったかも。…まぁそんな年があってもいいか。来年はたくさん弾きたいな。舞台も出たい。

やりたい曲はいくつかあるので、少しずつ制覇していこうと思っています。

ピアノ、思いっきり弾きたい!そんな気分です。





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ある15歳の死 (Best choice)/福武書店
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中学生のときに読んで衝撃を受けた本とようやく再会。改めて読み返すと、より一層重さを感じました。表題の通り、15歳の少女が自ら命を絶つお話です。それを読んで、改めて生きようと思えました。
私は本に出てくる主人公のように優秀な人物じゃないけれど、主人公のように、こんなことして何になるんだろう、、なんてどーしょもないことばかり考えてる。…で、結局は悲劇のヒロインに浸っているだけ。でもね、それでも心から笑い転げることもあるのですよ。それでいいじゃないか。

最近はまた未来のことばかり考えてる。大事なのは「今」この瞬間なんだろうけれど、やっぱり未来のことを考えて絶望したりして。今楽しければいいじゃないか、とも思うんだけれどね。美味しいご飯食べて、美味しいお酒呑んで、面白い本を読んで、ピアノ弾いて、仕事して。そんな贅沢な時間を過ごせることに感謝しなくちゃ駄目だよね。生きよう。貪欲に。

最近は子どものための小品ばかり聴いています。ランゲ、ストリーボック、ギロック云々。お気に入りのキャロリン・ミラーは難しい和音は使っていないのに、素敵な曲が多い!邦人作品もいい。平吉氏、中田氏、三善氏、云々。子どもたちにもどんどん弾かせたいけれど、やはり耳慣れないコードが多いので壁を感じてしまうようです。


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週末、本番があります。びっくりするくらい練習していません。気持ちが向かない…なんて贅沢なこと言ってられないのは分かっているのだけれど、まぁどうにかなるかって思ってしまっている。
聴いてくださるお客様がいる。だからこそ精一杯の演奏が出来るように準備をする。当たり前のことじゃないか。それなのに、、、です。


私にとってピアノって何なんだろうね。生きるための手段。そう割り切ってしまえばいいのかもしれない。でもそんなのって虚しい。ピアノは好きだ。
でもいつだってピアノから逃げてる。自分のピアノに自信がない。いくら練習しても超えられない線があるって自分で決め付けてる。私の演奏なんか誰の心にも響かないって思ってる。それでも過去に私の演奏を聴いて涙を流してくれた人がいるのも事実。技術じゃない、心だ、って思う。でもそんなの綺麗ごとじゃん?って思ってもいる。色んなことに葛藤。そして矛盾。


お客様にグレンリベットの18年を頂きました。お客様から高価なものを頂くことはまずないのですが (「一杯どうぞ」と飲み物を頂くことはあるけれど) 自分じゃ絶対買わないウィスキー。しかも18年は飲んだことないのでちょっと楽しみです。うめちゃです。


今日のお供はコンビニで調達した500円ワイン(750mi)最近はワインにハマっています。日本酒ばかり飲んでいたら体重が増加したので。。。まぁワインでもカロリーは摂取してることに変わりないんだけれどね。
日本酒は味の違いがなんとなく分かるのですが、ワインは何を飲んでも同じに感じるので安いやつで全然オッケー!


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生徒の話
正直申します。こんなこと言ったら「サイテーな先生」だって自覚しているのだけれど。
…子どもによって好き嫌いがあるんですよ。それは決して「弾けるから」とか「練習してくるから」とかそういう理由じゃなくて、人間的には合う合わないという意味で。理想を言えば、一人ひとりに合ったレッスン展開をして、生徒の魅力を引き出して、ピアノを楽しんで欲しいんです。でも苦手な子のレッスン時間になると、どうしてもレッスンの方向性をはっきりイメージできない(イメージしようとしない) そんなのいけないことなんだけれども。
生徒から離れて一人になると「それは個性として認めよう」と思うのに、いざ生徒を前にすると、どうしても邪念が入ってしまうというか。。。どうしたもんかね。いい大人が何やってるんだろ。ここに書くこと自体「それは仕方ない」って言って欲しいと思ってるんだろうな。結局、自分じぶん。自分を肯定して欲しい、って自己中な考えばっかり。

どーしょもないこと言ってるよな。


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どーでもいい情報ですが、我が家の庭には、カッパの家があるらしい。石で出来た小さな家みたいなものがあるのだけれど、「これ何?」って聞いたら、父が真面目な顔をして「それはカッパの家だ。うちにはカッパの家があるんだぞ」って言われました。この間は朝起きたら父がビニール袋を頭に被って日向ぼっこしてるし(どうやら白髪染めの最中で周りを汚さないように考えた結果らしい) 基本的にうちの父はどこかのネジが飛んでます。なんのこっちゃ。