年賀状、、、少ないね、、、それでも嬉しいね。
なかなか会えない方たちからの年賀状を、主人と読みながら、思い出話をする。だが、主人は、覚えていないことが多い。なんとか思い出すこともある。主人は、42歳の時に、十二指腸に穴が開き、緊急手術をした。その時には、医師から「社会復帰は諦めてください。」と、言われていた。その手術後から、記憶が抜けていることが多いことに、私は気づいた。物事もちゃんとできないことが増えた。私は、検索して、詳しく知った。主人よりも症状の酷い方々がいることが分かった。お勤め先がいいところで良かったと思うことばかりだった。主人は、できる仕事を続けてくれた。今、こうして年金もいただけて暮らしていけてる。よく頑張ってくれたなと思います。私は「〇〇(主人の名)さんは、同僚の方の結婚式の司会をやったことは覚えている?」主人は「俺が、やるわけねえじゃんか。 できるわけがねえ。」と、強く否定する。私は「えっ、やったんだよ。 2回やったんだよ。 誰と誰に頼まれたかも覚えていないの?」主人は、、、、、目を少し斜め上に向けて、、、思い出そうとしたが「いやいや、俺が司会なんてやるわけねえ。 だいたい俺に頼んでくるわけがねえ。 覚えてねえもん。」と、しっかりと言う。私は「結婚の打ち合わせとかも行っているんだよ。 原稿も渡されて、練習していたんだよ。 誰かは、思い出せないなら言うね。 〇〇さんと〇〇さんだよ。 名前を言えば、思い出すんじゃないの?」主人「、、、、、、、いや~、思い出せねえ。 俺が司会なんてありえねえし、、、。」と。私「そう、、、ねえ、この術後の記憶障害のことを知っているのって、 私と娘たちだけ? 誰にも言ったことが無いの?」主人「ねえな。うん、ねえ。」私「そう、、、。 じゃあ、一番、思い出せないのって何歳ごろのこと?」主人「うーん、子供んときかな、、、。 この辺でよく遊んだなってのは分かってんだけど、 誰と誰と遊んだのかが、どうしても思いだせねえ。 なんでだ?って、思う時がある。 親父とおふくろとどっかに出かけたなってのは分かるんだけど、 どこに行ったかとか、何してたかは覚えていねえ。 どうしても思い出せねえ、、、。」私「そう、さみしく思ったりする?」主人「いや、それはねえけど、、、。」私「そばに私や娘が居るから?」主人「それもあるからかも。」私「なんか、好きな食べ物も変わってきたよね。 輸血が多かったりすると、そういうのも変わるのかな? 歳をとったからじゃない気がする。 若い時、野菜で何が一番好きって聞いたら、ニンジンって言ってたんだよ。 干支が午年だからかなって、私が言ったら、そういうの関係あんのかなって 言ったんだよ。」主人「俺が、ニンジンって言った? いやー、俺はニンジンは好きじゃねえよ。 俺が一番好きな野菜はセロリだ。 ニンジンじゃねえ。」私「ううん、ニンジンって言ったから、 私、ニンジンを使った料理やジュースもよく作ったよ。 ケーキも。 覚えていないの?」主人「ん、、、覚えてねえな、、、」私は、思い出してもらおうと、詳しく話すが、うーん、うーんと、、、他人事のような顔をしている、、、。私は「あのう、私と付き合ってた時のこととかは覚えているの?」主人「それは、覚えているよ。 ちゃんと覚えている。」私「お父さん(主人の父)に結婚をすごく反対されて、 〇〇(主人の名)さん、海で死のうとしたのを、 私が海に入って行って助けたのは覚えている?」主人「うん、覚えている。」私「生きていなかったら、こうして一緒に歳をとれなかったね。 よかったって思う?」主人「あー、思ってる。思ってる。」私「また、調子よく2回言う。 いい加減に答えたでしょ。」主人「ちがあ、ちゃんと思ってる。」娘が、隣の部屋で聞いていたのか「パパは、ほんといい加減に言うことが多いよね。」私「なんで、ここぞという時にまじめに言えないのかね。 まあ、パパらしいと言えばパパなんだよね。」主人、笑ってごまかしている。娘もつられて笑っている。自分が記憶障害になったらと思うと、、、やっばり、、、さびしいと思ってしまう。深く考えない主人の性格が助けているのかな。人間は、嫌なことは忘れる。だから、前を向いて生きていける生き物と聞いたことがある。主人の術後の記憶障害は、どれもとは言えないのかな。