自転車に乗って全てを忘れてしまえ! ver2

自転車に乗って全てを忘れてしまえ! ver2

自転車を中心とする雑記帳です。 ロードレーサー1台で何処へでも、路面は選びません。 One-Dayライダーです。

北海道上陸からここまでは別途。

 

1980年8月14日

稚内のユースホステルを出て宗谷岬へ

 

ここから稚内に戻り、南下。。。。。。行けるとこまで。

結果名寄駅に、記憶では晩飯はラーメンライス。

宿はステーションホテル。。。。。。駅の軒下もしくは構内のベンチですね。

240-260kmぐらい走ってるんですが、途中何を食べたかどう補給したか覚えていない。

唯一覚えているのは、腐りかけた自動販売機のコーラの製造日、年の場所に1の数字が。

当時確か下一桁で表してたはず。 1980年なので普通なら0。

1と言うのは来年。。。。。アホナ。。。。。10年前。。。。飲みました。

 

翌 8月15日は名寄駅から大雪国道を三国峠を越えて行けるところまで。

今では全国至る所にありますが、人生で初めて見た熊出没注意。

国道ですので舗装してありますが、このあたりまで。

40-50kmの未舗装路が続く。

 

路面はダブルトラック、自動車の走行の跡を走ります。

ジャリが酷くこれ外すと乗るのがキツクテ。

滅多に自動車が来ることはなく、自転車天国ですが。

一時間も続くと熊の看板をみておりますので不安になります。

自動車が通過すれば砂ぼこりですがホットする心理状態。

 

ピークの三国トンネル、舗装してるのはここだけ。

珍しく2台も自動車がやって来る。

 

トンネルの手前の峠の標識。

冷夏につきウインドブレーカーの下は旭川で買ったトレーナー。

 

下ります。  暫くしてパンク。

こんな人が来ない場所でパンクは。。。。。。。熊が気になり時おり大声で叫ぶ。

 

暫くして、自転車のブレーキ音が。。。。。。マファックのカンティブレーキ。

人が来た~~ホッとする。

北見工業大学の4年生の方、糠平の自宅に帰省で自転車で三国峠を越えて来たとのこと。

確かに北見から糠平だとこのルートが近いのは確かだけど。。。。。

自宅に帰るから泊まっていかない?と。。。。。。。ありがとうございます。

本日の走行距離200km

 

初めて極寒の地の住宅に。。。。。。窓は2重、四国では考えられない。

冬場は玄関のドアノブには布を巻く。

理由は直接触ると、手の水分でドアノブに凍り付いて離れないとか。

真冬はガンガンにストーブを炊くから、半袖で過ごすとか。

おかげで、3月に四国に行ったときは寒さに耐えれなかった、

泊まったとこはどこもスートーブがなく。。。。寒くて仕方なかったとか。

朝起きますと天気予報は日高山脈 雪 8月16日なんですが。

たまに、あるそうで。。。。。

晩御飯、朝ごはん、昼のおにぎりも頂き、お別れ。

糠平の伊藤さんお元気でしょうか?

 

ランドナーに荷物付きで、未舗装路40-50km含め2日400km遥かにオーバですと

3日目の朝は、しゃがもうとしたら膝カックン(笑

 

向かうは襟裳岬

上士幌ー士幌ー帯広 延長上には幸福駅

きっちり入手

 

天候が宜しくなくほとんど 写真がございません。

 

襟裳岬に続く黄金道路ですね。 

意味は道路施設の費用は金塊を並べるほどかかったと例えられた為。

この先で雨に降られます。

日が暮れ雨の中を宗谷岬の灯台の光を見つつ、宿泊予定の様似駅へ

 

始発の様似駅は雨もあり自転車、カニ族、エビ族、バイク族が沢山

軒下は全く場所が無し。。。。。。しかたないので次の駅へ。浦河駅(無人)

 

下り坂で、道路の左の白線の段差で滑り転倒。

時速40km位での下り坂でコケたもので、自転車もカッパを着た自分も滑ります。

自転車が先に滑っていって、私はカッパが滑りを良くし、ブレイクダンスみたいに

背中で体が回る。スローモーションを見ているみたい。

ここで自動車が来たら轢かれるかもと思いつつ止まるまでどうしようもなし。

雨で滑ったおかげで、自転車も体も全く異常なし。

 

浦河駅は無人で小さな密閉できる待ち合わせ場所が有る。

夜寝る時は蛍光灯を外し暗くして寝る。

本日の走行距離200km

 

3日間で640ー660km よく走ったもんだ。

 

早朝暗い中、砂利の海岸を歩く音が。。。。。不安になり目を凝らすと。

昆布の漁師さんが昆布を見に海岸を移動。。。。良かった人で。

 

札幌まで150kmぐらい。。。。。。しかし雨、

疲れた状態で雨の中を走るのは全く気分が乗らず。。。。始発で札幌へ。

北大の近くの金竜?というラーメン屋で札幌ラーメンを食べた記憶が。

その間、コインランドリーで選択。

夜は北大の恵迪寮で泊まる。 当時学生であれば100円で泊まれたかと。

当時、全国の国立大学の寮は旅する学生の為、比較的解放されていた。

記憶にあるのは、北大、弘前大、盛岡大、東北大、信州大(長野・松本)、滋賀大

高知大、愛媛大、徳島大、岡山大は覚えている。

緩い時代でした。

 

ラーメン食べたら、北海道はもういいか~~と、札幌から輪行で函館

青函連絡船で青森、夜行急行八甲田で上野、東京で時間を潰し 

東京から夜行急行銀河で京都へ。。。。

何故に京都かって。。。。。彼女がいたので(笑

 

緩い学生でした。