「せめて利休殿のご子息だけでも」
「引き取らせて頂きたい」
利休七哲の筆頭たる蒲生氏郷が、
会津の地より急ぎ上洛。
秀長に鶴松が死去、
数少ない頼るべき利休も
理不尽な理由で処断してしまい、
世間体が悪くなった秀吉に面会を申し込み、
直訴する。
有能な武将でもあり
奥州や関東の抑えとし、
白羽の矢が立つ出来人である。
氏郷の懇願にすぐ秀吉は折れる、
石田三成も依存は無い。
豊臣への信頼が瓦解する時期であり、
これ以上名のある者を処分できない。
「蒲生殿の元でお預かり頂き、
いずれ千家は復興させる所存です」
それでも普段からの性質からくる
鷹揚な三成の応え方は
頭にはくるが、
請願が通ると見て
まかりこしている。
思いどおりの返答に安堵し、
直ちに利休の遺族を引き取る。
その後、千家は三代目にして表千家不審菴、
今日庵裏千家、官休庵武者小路千家三千家に分かれ
引き継がれて行く。
葛西一揆の後に、
争乱があった地に伊達政宗を転封させ、
勢いを削ぐ。
それ以降は何かと目付の氏郷に反発し、
奥州の安定も気が気でない。
それでも上方の流れを
奥州に定着できたのも、
氏郷の力量である。
信長や利休に憧れる政宗にとっては、
その両雄から認められる氏郷は、
嫉妬の対象であった。
その若気の至りを秀吉は、可愛げと捉えてるある。
細川忠興に奥州を宛行う事も検討したが、
政宗には氏郷が最適であった。
後継者と定めた秀次も、
諸大名らと上手く付き合える様に
なってきた。
太閤として支える事で、
違うカタチで安定する。
いよいよ海外への出兵に
踏み切るのである
続く🌷