首都である漢城に迫る頃、
内部分裂による混乱で
王朝らはまともな指揮が出来ない。
民主らも長年の圧政に憤慨し、
蜂起するまで出る始末。
宗主国である明国に
援軍の要請を重ねて送りながら
首都を放棄。
平壌へと後退してゆく。
無血開城で入城する日本軍は、
後方からの部隊を待つのと、
降伏するように伝える使者を
敗走する王族らへ向かわせる。
明国からの増援が発せられたと聞くと、
日本軍の先発を率いる加藤清正らは前進する。
ようやく抵抗らしい抵抗が始まり、
上陸2カ月目にして明軍とも衝突する。
始めての外国軍との戦さであったが、
夜襲を予期し撃退。
一気に平壌へと雪崩込むのである。
その頃になると、撃退した朝鮮水軍の
遊撃戦による補給船への襲撃が相次いだ。
兵站も逃亡兵や僅かな手勢による襲撃で、
玉薬や兵糧が届きにくくなる。
全羅道方面からの抵抗が活発化する事もあり、
現地人を動員した日本式の城郭や砦を
築き始めるのである。
続く🌷