最近は1日一回はFacebookを見るようになっている。
友達の活動の一部が分かる。
すごいな~って思う。

あんなとこ行ってるんだ…

また、県外に行ってる…

こんなとこで仕事するんだ…

こんなところに呼ばれるんだ…

スゴいことばかり

刺激をもらいます。
焦りももらいます。

今までは、こんな情報がなかったから、のんきに過ごせたのかもしれない。
こんな情報がなかったから、いろんなところに行ってお金を使わなくてよかったのかもしれない。

こんな情報があったから、この人に出会えたのかもしれない。

こんな情報があったから、こんなことができるようになったのかもしれない。

良いこともたくさんある。
しかし、少なからず焦りや、変なストレスも否めない。

自分のキャパシティーはどれくらいあるだろう。

確実に、活動量が増えている。
良いことであったとしても、何かの活動をするためには、キャパを消費する。そのために、なにかをやめなければならない。
ただ、なにかをやめてる実感がない。
どこかでしわ寄せがくるだろう。

良いと思わないことを、しないということも、拒否するためのエネルギーを使う。

情報を多く提供されることは、他人ともだけど、自分の誘惑、焦り、不安、自己嫌悪…いろいろと戦う必要がありそう。

そのための体力がいつまで続くだろう

人が好い人程
早期に自滅するような気がする。

瞬間的に人が好い人は、長いレースに残らない。
始めに好かれていても、いずれ存在がなくなる。
ならば、好かれるより、嫌われない方法が長距離レースで生き残れる。
今、そのときがよければいい、または、底無しのキャパを持っていたら別だけど…

なんだか話がそれてきた
気がする(^-^;

できるだけ、自然体で行こうと、そう思う。
あくまで、できるだけ…

Android携帯からの投稿
今日はNLPカウンセリングをしてもらった。

最初の質問
あなたのほしい成果は具体的に何ですか?

………(^-^;
この手の質問は何度かされた事があるけど、苦手

このあと、回答に質問をかける感じで続いていく。

うーーん…

考えながら答えるしかない。
明確な成果つまり、目標のようなものがないってことかな。いつも、抽象的で具体的に説明ができない。

なにか見つけなければって、思ってたけど、考え方を変えてみよう。
小さな、とても小さな成果でいい
なにか目標を立ててみよう!

いつまでも、この手の質問は苦手とならないように…

では、何にしようかな
計画と実行!
まずは、これにしようかな。

今日、された質問は8個
自分で何度も質問してみよう。
疲れるけど(^-^;



Android携帯からの投稿
先日、主催しているセミナーで講師をした人が
とても素晴らしいセミナーをした。

女子大生の講師

その講師は初めてセミナーをする。

内容も進行もとても素晴らしい。

「すごい」

この言葉がまず、でてくる感想!

なぜ、すごいか・・・

プロの講師が同じようにセミナーをした場合は違ったかもしれない。
「大学生なのに・・・」これがキーワードなんだと思う。

プロ講師がしたら、当たり前、
大学生が同じレベルですると・・・すごい

プロ、アマの比較をしている。
正確に言うならば、比較的に素晴らしいなのでしょう。

それと同時に、多くの人が完璧、すごい、刺激をもらったって感想をもらった。
悪い感想の言いようがないセミナーです。


しかし、後日自分に自信を失う人も出てきました。
大学生があんなにできるのに、自分は・・・って
今度は自分と比較してしまう。

もし、知らないプロ講師が完璧なセミナーをした場合
こんな思いをするのだろうか

やっぱり、プロはすごいなって思う気がする。

より身近な人が、しかも年下の人が、自分より優れたことをすることが自信を失うのかもしれない。

今回の場合、「セミナーをする」だけに着目せずに、おそらく人間性のレベルの高さを痛感させられるものがあったんだと思う。

「人と比較する必要なんてない」っていう言葉みたいな簡単な言葉ではおさめられない。
比較をしないことは、けっこう難しい。

対面的には、いい刺激をもらったって、当たり障りのない言葉を言うでしょう。
しかし、心の中で私が劣ってるって思ってしまう。

もっというと、少しぐらい失敗してたら、より親近感もわいてきて、自信を失うことはなかったかもしれない。
応援したい気持ちはある。でも心の中で自分より遠くハイレベルにならないでって反対の気持ちが出てくる。

すごいハイレベルなコミュニティで最下位でも、他のコミュニティではハイレベルということがある。
しかし、身近なコミュニティで劣勢になると、自信喪失になる。

ポジティブな人のところに行けば、自分もポジティブになるというような事を聞いたことがある。
確かに、そう思えることもある。
しかし、人は人との比較を続ける。いつも元気ではいられない。
ネガティブな人のところで、愚痴を聞いたり、悪口を聞いたりすることで元気になる人もいる。

土俵を変えたり、見方を変えたり、真っ向勝負をする必要はないかもしれない。
その人にかつ必要もないかもしれない。
なんなら、負けなければいいのかもしれない。

でも、そんなポジティブな心をいつももてない。

きっと、ネガティブな自分を受け入れなければ、人の失敗を密かに思うことや、人の成功を喜べない。
そういったことの思考で自己嫌悪になってしまう。
それすらも、受け入れるしかない。

邪気ある自分もかけがえのない自分

ネガティブがその時の最高の良薬

そんな時もある。





先日、あるイベントをAさんと2人で企画して開催した。

15人程のイベント!

僕が主催者、Aさんが講師及び進行役
個人的には、とっても楽をさせてもらうイベントでした。
準備も全部してもらったのでなんのための主催者なのかって
感じではありましたが・・・(^。^;)

進行中、みんな笑顔♫
終了後、感想を聞くとみんな楽しかった、
また開催してほしい(*´∀`*)

とっても嬉しい言葉!
成功だなって思ってました。

・・・・その後、Aさんから連絡が入りました

「落ち込んでる・・・」

(@_@。・・・なんで?

そう、楽しかったってみんな言ってた、その言葉に嘘はないと思う。
そして、楽しかったってことを素直に受け入れられるはず・・・

よくよく、聞くと楽しかっただけではだめだそうです。

ざっくり解釈を言うと
Aさんがすることで、みんなが得てもらう何かが必要なのだということ、
でなければ、他の人がすればいい

そんなふうに解釈している。

ただ、みんなを楽しませた事実はAさんが作り出したもの

どうやったら、そこの部分を喜んでもらえるのだろう・・・

プロ意識が高くて、楽しむということはよりハードルがあがるのだろうか

価値観が変わるのだろうか

その場にいた、Aさん以外はみんな楽しみAさんにありがとうを言っている。
向上心かプライドか分からないけど、受け入れてほしい。

ここで、NLPのニューロロジカルレベルをあらためて見てみた。
 ※ニューロロジカルレベルの説明は割愛します
ここでの説明では適切ではないのかもしれないけど、

僕の解釈ではニューロロジカルレベルの高い位置にあるものに対してアプローチを働きかけるといいのだと思っています。
ここでは信頼関係等のファクターは置いといて、

「楽しかった」は環境にあたる褒め言葉

ではなく、プロとしてAさんでなければできない「アイデンティティー」を
追究しているのかなって思った。

環境を褒めることが、Aさんを傷つけたかどうか分からない。
それで傷ついてしまうことまで、その人を読み解くことなどできそうもない。

ならば、その人のアイデンティティーをより感じ取れるように、
その人の真に求めるものを感じ取れるように

今以上に、アンテナの感度を上げてみよう

きっとできるはず!



勉強会、○○セミナー
たくさんある中で、身につくものってあるだろうか。

答えは
たいていの場合、「ある」と思う。

具体的な内容が身について、仕事や生活に活用できたら
すばらしいですね。

しかし、実際はそれ程、活用ができるものじゃない。

例えば、コミュニケーションセミナーでいうと、
活用実感がない人も多い気がする。

先日、コミュニケーションのようなセミナーを受講した人に
話しを聞いたのですが、内容についてメモを見ないと応えられません。

ざっくりとした、感想は応えられても、

「例えば、どんな話しがあった?」
と聞いたとして、どれだけ応えられるだろう。

もし、メモを見て応えるならば、復習が必要!
自分のものとできてないし、活用は程遠い。

しっかり、落とし込んで、アウトプットしている人はどれくらい
いるのだろう。知る限り、あまり多くない。


では、なんのために行くのか

ある人曰く

「自分の元気を取り戻すため」
「そして、セミナーに行くことで元気な自分を取り戻したし、今楽しい!」

これを言った人が、どれくらい落とし込めているかというと、きっとアウトプットは足りてない。
しかし、
元気になった。 今、楽しい!

これが、言えるようになるって、すごく素晴らしいこと。

受講中の空間にいる時だけでも、もし後で具体的に活用ができなくても。
元気がない人が元気になる。
絶望している人が、楽しいって言う。

その空間の刺激とは、すごくパワーがあるんだと思う。
モチベーションがあがったなら、何かできっと役に立っている。

それを手にするならば、アウトプットは必要ない。
逆に他人に話して温度差を感じたり、否定されるとモチベーションが下がってしまう。

その人にあったテーマも必要かもしれないけど、

もしかしたら、どんなテーマであっても、その人にあった空間を探すといいのかもしれない。