牛田くんがあのラフマニノフピアノ協奏曲第2番を演奏する!
後先考えずチケットを購入したのは数か月前。
…とは言うものの、平日木曜日の夜の大阪。
大阪の夜ともなると、日帰りは無理。
木・金と2日必要になる。
当時の私は転職したてで、仕事がどんなボリュームなのか、お休みが取れるのか、全く分からない状態。
ま、なんとかなるでしょ(^^)と深く考えないまま過ごしてきましたが、
コンサートと同じ週の週末に30年ぶりに同窓会が地元で開催されることに。
さすがに悩みに悩み…
牛田くんのラフマニノフを選びました![]()
だって、3年ぶりに聴く、牛田くんのラフマニノフピアノ協奏曲第2番なんだもん!
3年前の演奏も、とってもとっても素敵だったんだもん!
…ということで、仕事も家事もめいっぱい頑張り、
初めて有休を取らせてもらい、
行ってまいりました!
2017年11月16日(木)19:00~
大阪フィル×ザ・シンフォニーホール
ソワレ・シンフォニー
指揮:大友直人
ピアノ:牛田智大
今回は早い時間に大阪に着いたので、ファン智さんと大阪散策。
何度もシンフォニーホールを訪れているのに、大阪を観光するのは初めてです。
地下鉄御堂筋線に乗って、「動物園前」駅とやらで下車。
このへんは串カツで有名なのでしょうか。
あっちにもこっちにも串カツ屋さん。
そして、立体的な看板がどれもデカい!
大きさの比較が出来なくて残念。
左上のオムレツなんて枕くらい。
プリンはバケツくらいの大きさ!
浅草とも、歌舞伎町とも違う、大阪独特のこの空気。
いかがわしくて雑多な中にも「人情」を感じ、楽しくって血が騒ぐ♪
正面に見えるのは通天閣。
通天閣の地下でやってた猿まわし。
お昼に入ったお店は、広くて大阪っぽくて(そりゃ大阪だからな)、メニューもてんこ盛り。
お好み焼きも串揚げも、初めて食べたとんぺい焼きとやら(豚肉を卵で包んだ料理)も、みんなみんな美味しかった![]()
えへへ、コンサートは夜からだから、ここで飲まないはずがない!![]()
さて、ホテルにチェックインして少しゆっくりしてから会場に向かいます。
夜のシンフォニーホールは、イルミネーションで素敵にドレスアップしてました。
今年はホールが出来てから35周年になるのですね。
開演前に、マエストロ大友直人氏によるプレトークがあったのですが、トイレに行っていたため、席に着いた頃にはトークの大半が終わってました![]()
このマエストロ、長身にロマンスグレーの髪。
柔らかな物腰で気品溢れるとっても素敵な方なんです。
今年の1月には、豊橋の『皇帝』で、牛田くんと共演しています。
座席につくと、既に舞台中央には黒光りするスタンウェイ。
そう。今日は1曲目から牛田くんが登場するのです。
プログラム。
Program
♪ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
* * 休憩 * *
♪交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」
開演時間になり、オケの団員の方達が舞台の椅子を埋め、まずソリスト牛田智大氏が登場しました。
スーツ姿に紺に白いラインの入ったネクタイ。
その表情は柔らかく、ほどよい緊張感も感じられました。
そのすぐあとにマエストロ登場。
牛田くんは、ピアノの前に立つとお辞儀をして、椅子に腰かけました。
呼吸を整えると、前のめりになって、鍵盤に指を置き、構えに入ります。
大友さんは、少し目を伏せて、彼が音を紡ぎ出すのを待っている様子でした。
その姿にソリストへの深い信頼を感じました。
ゆっくり、丁寧に それは始まりました。
柔らかな音色が芯を持ち、輪郭を持ち、
静かに忍び寄る運命の足音。
徐々に大きくなる鐘の音。
嘆き、痛み、もどかしさ。
絶望の色を宿した鐘の音は、やがてうねるようなオケの音色と交じり合います。
そして嘆きの中に希望の光を感じる美しいメロディ。
私の席からは牛田くんの指がとてもよく見えました。
まるでビデオの倍速を見ているように、10本の指が素早く動きます。
柔らかな音色は、やがて情熱の炎を燃やし、力強く歌います。
3年前に15歳になったばかりの牛田くんの演奏でこの曲を聴いた時は、
まるで瑞々しい新緑の若葉のような印象でした。
でも、今日の牛田くんの演奏は骨太でとてもダイナミック!
時々腰を浮かし、全体重をかけるようにして、力強く鍵盤を叩きます。
まるで椅子から飛び上がるように鍵盤を叩く牛田くんの黒髪と、
タクトを持たず、両手を力強く動かす大友さんの銀色の髪が
ピッタリと同じタイミングで踊るように跳ねるのを見て、見事に息が合っていると感じました。
ロシアの広大な大地。
草を揺らし吹き抜ける風を、土の匂いを、流れる水のしぶきを感じました。
あとで牛田くんが「広大なロシアの草原に吹き抜ける『壮大な風』をイメージして弾いて来い!」とアガジャーノフ先生に言われたというのをfacebookで呼んで、とても納得しました。
表現したいものを、聴く者にちゃんと伝える演奏が出来てしまう牛田くん。
あらためてすごいです。
第一楽章のフィニッシュ。
牛田くんのキメのポーズは、言いようもなくかっこよかったです。
第一楽章が終わり、マエストロがピアノの方を気にして牛田くんに何か話しかけます。
牛田くんが立ち上がり、弦に手を伸ばしました。
どうやら高音部の弦が一本切れたようです。
切れた弦を牛田くんがはずし、
切れた部分の鍵盤をポロンポロロン、と何度か弾きました。
「大丈夫です。」と大友さんに伝える牛田くん。
とても落ち着いた様子でした。
マエストロも安心した様子で第2楽章へ。
穏やかなメロディ。
フルートの音色が少し悲し気で、慰めるようなピアノの音色。
静かに大地を濡らす雨のように、ひっそりと胸の奥に沁み込んできます。
水面に反射する陽の光のように、光を音にしたら、きっとこんな音色なのではないかしら、と思いました。
やがてピアノは解き放たれたように、素早く縦横無尽に鍵盤の上を駆けまわります。
細やかなトリル。どこまでも響く繊細なピアニッシモ。
やがて、母のように、大地のように、すべてを包み込むような豊穣な音色がオケと混ざり合いました。
まるで縦糸と横糸が出会い、交じり合い、音のヴェールを紡ぎ出すように…。
第3楽章。
跳ねるように、踊るように、鍵盤を駆けまわる指。
たとえばショパンのピアノ協奏曲がオケとソリストのキャッチボールだとするなら、ラフマニノフはトライアスロン。
容赦なくソリストのエネルギーを消耗させます。
様々に形を変えて「どうだ。これが制覇できるか?」と言わんばかりに次々と用意されている超絶技巧。
それに挑むように向き合い、次々と攻略していく牛田くん。
その背中は大きく逞しく、立派な大人の演奏家の後ろ姿でした。
なんだかとてつもないものを目の当たりにしていると感じて、足元から電流が駆け上がり、体中を駆け巡るような感覚に鳥肌が立ちました。
リサイタルでの少し抑え気味のショパンとも、男前の死の舞踏とも違う、まさにラフマニノフが降臨したのかと思うようなピアニストの姿がそこにはありました。
飛び上がるようにして体重をかけて、体ごとピアノにぶつかっていくような全身全霊の力強い演奏。
こんな渾身の演奏で、弦が切れない方が不思議なくらい。
髪が揺れ、汗が飛び散ります。
ああ、この演奏を、世界中の人たちに聴いてほしい!
ずっとずっと聴いていたい!!
やがて上り詰め、フィニッシュ!
ああ、牛田くん、凄い!!!
やった!やったね!牛田くん!
割れるような拍手と飛び交うブラボー!の声。
私も思わず「ブラボー!」と叫んでいました。
椅子から立ち上がり、マエストロとガッチリとハグ。
そこには、お互いを信頼し讃え合い、そして感謝し合う、最高の作品を完成させた者同士の強い絆を感じました。
彼が「少年ピアニスト」から、一人前の演奏家に成長したことを実感しました。
大友さんとハグしたあとは、コンマス、副コンマスと笑顔で握手。
頬には幾筋もの汗が伝っています。
称賛の拍手は、いつまでもいつまでも続きました。
そのたびに牛田くんは流れる汗を拭うこともなく(タオル忘れたのかも)、
頬に汗を光らせて登場し、輝く表情で丁寧にお辞儀をしてくれました。
ありがとう!おめでとう!
そんな思いを込めて、手が痛くなるほどの拍手を贈り続けました。
4回目(!)のカーテンコールで登場した時、ピアノの前に腰を下ろしました。
弾いたのはラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」第18変奏。
ラフマニノフへのリスペクトを込めての選曲なのでしょうか。
夜空の星をかき集めてまき散らすように、煌いた音色が優しく胸に沁み込んできました。
ありがとう。ありがとう。
喉からせりだしてきそうなほど、体中が幸福感で満たされているのを感じました。
演奏を終えて、彼が袖に入ってからも、拍手は鳴りやみませんでした。
こんなに拍手が鳴りやまなかったのは初めてではないでしょうか。
指が折れるほどの拍手を、声が枯れるほどのブラボーを贈ったとしても、
この素晴らしい演奏を讃えきれない。そう思いました。
拍手はいつまでも続き、アンコールの後、牛田くんは拍手に応えて3回登場しました。
胸に手を当てて、最後は後方のバルコニー席にも丁寧にお辞儀をしていました。
さて、大阪下町の楽しさにやられ、広間からビールを飲んでいた私。
このあとのオケの演奏で寝ちゃうかも、なんてちょっと思ってたけど心配いりませんでした。
まずは牛田くんの素晴らしい演奏で、アドレナリンが脳内をすごいスピードで駆け巡っていましたから。
そしてもう一つ。
実は、ちょっとビビっていたのですよ。
何にって?
2曲目のチャイコフスキーの『悲愴』に。
なぜって?
それは、私がブログを書き始めて間もない、今以上にクラシックの超初心者の頃、
ある本を読んで記事を書いたのですが、そこにこんなことが書いてあったんです。
昔、ドイツの精神科医が、入院患者に様々な曲を聴かせる実験をしたところ、
チャイコフスキーの『悲愴』を流した時に特に患者のうつ状態が悪化して、自殺願望が高まった、と。
そして、この曲の初演で自ら指揮をしたチャイコフスキーは、その9日後に急死していると。
コワーイ!(((( ;°Д°)))) クワバラ クワバラ…
今以上に無知丸出しの当時の記事。
なので私、一生この曲聴かなくてもいいと思ってたんですけど、
こんなに早く智大のラフマニノフのオマケについてくるとは!(←なんかいろんな意味で失礼)
もしもこれ聴いて、死にたくなっちゃったらどうしよう。
せっかく初めての有休取って、通天閣の近くのお土産屋さんでアホらしいお土産も買って、
牛田くんのラフマニノフも堪能したというのに、
そのあとに死にたくなっちゃって、大阪から無言の帰宅をしたりしたらどうしよう…![]()
なんて、私の心配をよそに、休憩が終わり、『悲愴』の演奏が始まりました。
全くの杞憂でしたね!
(  ̄っ ̄)コワガラセヤガッテ!
なんて素敵な曲なんざましょ。
チャイコフスキーらしくバレエ音楽っぽくもあって、体がリズムを刻みたくなる。
第3楽章ではラスト、盛大に上り詰めて終わるので、結構多くの人たちが間違えて拍手する場面も。
かと思えば、揺らめくような第4楽章がフっと途切れて終わる。
え?ここで終わり?!というショーゲキ的な終わり方。
たとえば、テレビドラマ見てて、
「俺、お前に言いたいことあるんだけど…。実h」ブチッ!
みたいな不完全燃焼を起こさせる。
…あー、もしかして、この辺が、フッと人生終わりにしたくなっちゃう感じなんでしょうかね?
ま、それはいいとして(生きて東京に帰れたことだし)、
プログラムの解説によると、この交響曲『悲愴』がチャイコフスキー自らの指揮で初演されたのが1893年10月16日。
牛田ファンならなんの日か、当然お分かりですよね?
そして、そこには青年ラフマニノフも聴きに来ていたのだそうです。
まさに遥かなる時をこえて、10月16日生まれの若きソリストが、この曲の初演を聴きに来ていたラフマニノフの代表作を演奏して大成功をおさめるとは、なんだか運命めいたものを感じずにはいられません。
アンコールの「弦楽セレナード」よりワルツもとっても素敵でした。
泊りなので心置きなく大阪の夜(=
)を楽しみました![]()
翌日は、関西在住のファン智さんが大阪を案内してくれました。
おなじみグリコの大看板に
かに道楽
水かけ不動
(お写真お借りしました)
世の中に、こんなに見事な苔のお不動さんがいらっしゃったとは!
たまたま見つけたおいしいケーキ屋さん
なんだか夢のような2日間でした。
有休取って大阪来てよかった。
ものすごくリフレッシュできました![]()
ファン智のみなさん、ありがとう。
そして、
牛田くん、心震える素晴らしい演奏をありがとう!















