久しぶりの更新になります。6月26日、母方のばあちゃんが亡くなりました。少し前に入院していて、珍しくおとんからの着信だったんで嫌な予感がしましたが、その通りでした。その日はたまたま仕事が早く終われる日だったので、高速に乗って病院へ向かう途中いろいろ思い出してました。2月のばあちゃんの誕生日に息子・娘・孫・ひ孫一同が集まれたこと、1ヶ月前に嫁さんが会いに行っといた方がいいんじゃないと言ってくれて、子供等も連れて会いに行けたこと、それもばあちゃんいわく、昨日がじいちゃんの命日やったっていうから、じいちゃんが会わせてくれたんかもしれんねって思った。病院についたら待合室でおっちゃんが親戚の人に連絡してた。その夜は、おっちゃん、おかん、おとん、俺の4人。病室から霊安室へ。待っている間、おかんがばあちゃんの最後を話してくれた。ずっと長寿記録塗り替えられるんじゃねって本気で思ってたぐらいほんとに活発で聡明で、これまで自分でなんでもやってきたばあちゃんらしいなあって思った。おかんもしっかり世話できたこと、最後を看取れたことに悔いないと言ってた。時間の流れが遅くも速くも感じられた。そうこうしてるとセレモニーホールの人が霊柩車で迎えにきてくれた。本来なら次の日の通夜まで自宅に安置して一晩を明かすのかもしれないけど、事情もあって家には戻らないことになってた。ただ、ばあちゃんが最後まで残りたいといった思い出の詰まった家。車に乗せたままでかまわないので、家の前まで寄ってもらうようお願いした。霊柩車は神社につながる大きな橋を避けて迂回するので、俺等は先回りして家中の電気をつけてまわる。着いたら運転手の人が降ろしてもいいですよと言ってくれた。みんなで抱えて中へと入れた。「ばあちゃん帰ってきたで」ってさすがに泣けた。子供ん時に弟とはしゃいで走り回ってばあちゃんちで遊んだのが走馬灯みたく流れた。夜中に遺体を担ぐ人々...今思うとけっこうホラーな感じだったと思うけどね。その夜その場に立ち会えて自分の中でしっかりお別れができたのでよかったと思う。お葬式は近親者のみの家族葬という形で行った。火葬場とか小2の娘は大泣きだった、子供たちには命を教える機会になった。最終的にはその日その日を一生懸命にならんとな的なことでまとめたものの、自分も全うできているかと問われればばあちゃんからツッコミが入りそう。そーいやいっつもジョーダンでちゃかす自分に、めちゃくちゃ真面目に返答してくるばあちゃん。でもどんなときも応援してくれていた。金沢マラソンもやったるでー!!!6月は月末そんなこんなで伸ばせず142km。だけど7月は積み重ねて初の月間走行200kmを越えた。酷暑の中で思ったようにペースがあげられないけど、かっとびに向けた坂道特訓も含めて地道なトレーニングが秋に実を結ぶと思いたい。残り80日。やれるだけのことはやろうと思う。
限界だーて感じたら思い出せ。
何の為に靴紐を結ぶのか。
原点オリジンってやつさ
そいつがお前を、限界の
少し先まで連れてってくれる。
では、また。
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