昨日、仏教の教えの中から煩悩に関して書いた。ついでに、カトリックの教えから、7つの大罪に関して書いておく。7つの大罪という漫画や映画もあるが、以下のような内容である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/七つの大罪
高慢
物欲
嫉妬
怒り
色欲
貪食
怠惰
これは罪というより、統一教会で言うところの堕落性に該当するものであり、仏教で呼ぶところの煩悩に近い。
仏教では煩悩の源が我執にあると言う。さすが内省を重んじる宗教だ、と思う。「人は信仰によって義とされる」とするキリスト教の信仰義認説のように考えると、内省より信仰が重要になる。煩悩を脱する努力より、信じることが大事になる。
https://www.y-history.net/appendix/wh0903-010_1.html
「ルターの信仰を一言で表現すれば『罪人にして同時に義人』であると言えるであろう。カトリックでは罪の段階から神のめぐみによって救いの段階に至ると考えられているが、ルターは自らの修道院での修業の結果、人間の努力によっては神の義には至れないという確信を持った。『信仰義認』はこの確信と同時にめざめた。義人は行いによってではなく、信仰によって生きるのである(ローマの使徒への手紙1-17)。これが『塔での回心』と言われるルターの回心の経験であり『信仰のみ』といわれる意味である。」
日本人には仏教のほうがわかりやすい。煩悩を切ろうとしただけでも人間は随分変わるのではないか?
統一教会の問題を追いかけていると、「信じること」が強調されて、己自身が内省されていない場合のを見る。張り子のトラのようになっている。
以上
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