先週末は、経済分野の学生さんたちと女子会でした。
なんでそこの専業主婦の私が?と思いましたが、
むしろ、主婦の話が聞きたかったそうで、お友達に誘われてやってきました。

女子会にはスィーツ

経済経営分野の担い手さんたちですから、ビジネスに特化した話になるのですが、
そこは女子会、楽しく脱線しつつ本線に戻りつつ、脱線してるトークに本線のヒントが!

刺激的な時間でした、話を聞いていてなんとなく思ったのは
主婦は万能細胞のようなものだなということです。

万能細胞ってじゃあなに?(コトバンクより)
京都大学再生科学研究所の山中伸弥教授中心とする研究グループが作り出した、心臓胃腸など、どんな器官にもなりうる分化多能性を持った細胞のことを指す。ヒトなどの高等生物では細胞の機能分化が速く、原則として受精卵以外に万能細胞は存在しないのだが、山中教授は、ありふれた皮膚細胞に遺伝子を入れて万能細胞を人工的に作り出した。これまでは、受精卵から万能細胞(正確にはES細胞)を作ることはできたが、これだと生命の可能性を壊すことになり、生命倫理的に問題視されてきた。今回成功は、その壁をクリアしたわけで、ノーベル賞級の偉業といわれている。完全実用化にはまだ問題が山積しているが、日本政府も、国家プロジェクトとして支援する構想を打ち出している。
( 稲増龍夫 法政大学教授 )


何にもなれる、何者でもないもの。

夢と希望があればなんにでもなれる若者とは全然違うんですが
「何にもなれる、何者でもないもの。」がそれが主婦なんじゃないかなと思いました。

専業主婦は家庭の中に入り、家庭のことをする人という役割を与えられ
婚家の嫁で、夫の妻で、時には子の母で、個人の存在がどこまでの希釈されて
何者でもないものになっていく。

しかし、その一方で必要になれば村の儀式を仕切り、学校行事を仕切る
マネージャーになり、親の介護が必要になれば介護を学び、料理を覚え
収納を会得し、

「家の中」で必要なすべての物に変化することができる
何者でもないものになっていった
んではないかと思いました。

もっとかるーく言うなら、家庭科2の主婦だって幼稚園でキャラ弁が流行れば
下手なりにもつくっちゃうし(私だ!)
数学の知識は卒業記念に学校においてきた主婦だって子供に「算数教えて」
と言われれば教科書読んでなんとか教えようする、そんな感じ。

その万能細胞的主婦が、分化誘導され皮膚や、筋肉細胞になって
人体、社会で機能した姿か、料理研究家や、収納の達人なのかなと、考えていきました。

「家の中」で必要に応じて姿を変えてきた主婦はまだ、試験管の中で、
分化された細胞にすぎなくて、未分化細胞が混じっている胚様体のようなもので
ないかと思うんです。

人体に定着されると問題が起きてしまう。
ぽんと社会に関わってくださいと主婦の背中を押してもあまり社会に定着しない。
その一方で「家の中」でしっかりと定着している万能細胞主婦を敢えて家から出す
必要は本当にあるのか、ないのか?
必要があるのなら、社会に出たいと言う主婦がいるなら
じゃあ、どうやって社会に定着させるかそれが、「主婦」と「家」と「社会」の
課題なんだろうなと思いました。

女子会は楽しかったです。様々な脱線も含めて。

私は主婦の世界にいるけれど、
周りには多彩な主婦がいっぱいいる。
社会という大きな共同体には万能細胞が、もうとっくに存在しているということに
わくわくしました。

あっ、そうそう、私をこの女子会に私を呼んでくれた人も元専業主婦でしたね。
やっぱり万能細胞主婦は、たくさんいるんです。


先週末は、実家の地元さくらまつりに行ってきました。

さくらまつりを見に行く2割、残りの8割は母親に仕事を頼まれたからです。

それは祭りをやっているの公園の端っこで募金を募るものらしく

人数がいないので(この街に住民票のない)私と子供が手伝いに行ったのです。

実際の募金活動は、募金箱の前に立っていると地元の友人知人がやってきて

お話をしているという緩やかな古き良き時代のものでした。

私達ものんびりと春の風を感じながら過ごしました。

子供は「私はなにをしたらいい?」と聞くので

「ここに来てくれただけでOKだし、あなたはかわいいから、ここに座っているだけで

人が寄ってくるわよ。」と言いました。寄ってきませんけど。
(今回は親バカモードでお送りしています。みなさま寛大なお心でお読みください)

でも、子供は椅子に座らず、ずっと立って「募金にご協力お願いします。」と

声を出していました。でも、子供ですから疲れます。

ちょっと座ってお菓子を食べていても誰かが募金箱に近づいてくると立ち上がって

「ありがとうございます!」と言ってました。

それをみて、この子は何年か前に「街頭署名がしたい。」って言っていたな。

と思いだしました。

前回の日記で私がシンママの頃、署名活動に子供を抱えて行っていたと書きました。

シンママの誰もが経験あるんじゃないんでしょうか?どうしても子供預けられないとき

相手や仲間がOKしてくれたらもう抱えて連れて行って、ゲーム機持たせてその場で待機。

ママはそばにいるのに、遊んであげられません。

もう、ごめんね、ごめんね。って謝りながらです。

ママがこんなことやりたいって思わなければ

今頃でっかい公園でひたすら縄跳びをするという最高の日曜日を過ごすことができるのに

ママのせいでこんな排気ガスまみれの都会の片隅でゲームさせられているなんて

あのころは不憫でならなかったです。

でも、やりたいことはやめられない、ひどい母親だったんです。

そんな不憫な幼少期を過ごしたわたしの子供は数年前に

「あの頃私は小さすぎて何もできなかったけど、今ならできると思う街頭署名やってみたい。」

って言いました。もうその活動はしていないので、

子供の希望を叶えることはできませんでしたが、あの排気ガスまみれの幼少期、

小さいながらも、状況をみて情報を吸収し、消化し、自分のものにしていたんだなと感じました。

そして、さくらまつりで誰に言われたわけでもないのに、自分で声を出しました。

それが終わった後、リンゴ飴を買った時、お釣りをもらっただけで「ありがとうございます。」

って大声で言っちゃって「あっ、間違えちゃった。」と笑う彼女に考えさせられました。

前回の日記でもかいた、相談会主催のママさんの子供、あの子もママと活動を見てきて、

どう感じ、どう表現するのか、実は楽しみだったりします。



「子連れママは仕事の邪魔で、大人同志の交流の妨げになる、だから連れて来るな。」

「連れて来るなら全員の前で感謝の挨拶をしろ」「誰よりも先に来て作業を手伝え」

「申し訳ないと言え」そういうことを言われた事もあります。
(この日記に出てきている人たちではない、別の団体ですよ、念のため)

実際そうですよ、泣くし、わめくし、すぐ飽きるし、すぐ熱出すし、吐くし、

とにかくめんどくさい存在が子供ですから。

さらに、めんどくさいことに子供には吸収力もあるんです

そういう場で、大人たちがどう振る舞い、何を言ったのか子供は吸収している。

まだ、アウトプットする力が弱いから、語彙が少ないから今は表現できないだけで、

ある日表現するのかもしれません。数年後かもしれないし、その子が大人になってから

かもしれない。

子供は街頭署名をやりたかったんだと、活動が終わった3年後に聞いた

私自身がびっくりしました。

子連れで行くママは、子連れマナーも、もちろんありますが、それだけに注目するのではなく

それを受け入れる周り、作業に参加しながらも子供ばかりで真剣に関わっていない自分も

注目すべきだと思います。

子供は、良いも悪いも分からずになんでも吸収しているんです。

あー自分の過去に戻ってもうちょっと真剣にいろいろやればよかったと、反省しきり。

こども怖いわ。

あっ、桜は綺麗でしたわ

先週は、お友達のご紹介で、育児についての相談会に行ってきました。

クローズの会なので、相談内容とかは伏せておきます。

10人ほどの親たちが思春期にあたる子供の接し方について意見交換や

相談をするものでした。

私は初めての参加でメンバーの方と面識はほとんどありませんでした。

他の方は、みなさん顔見知りのようでしたが「おひさしぶり」なんて挨拶をしていたので

緩やかな関係性のようでした。

逆にそういう関係性の中でだからこそできる相談もあるな~と思いました。

子供の顔も分からないからこそできる話、

例えば「最近学校に行きたくないという」 「お友達に意地悪をしているようだ。」

「親の財布からお金をとっている」そういう相談したいけど学区の中の父兄同志じゃ

ちょっと言えない。でも、掲示板とかで相談するのも、ちょっと躊躇するという

感じの事って、あると思います。

自分の子供が家でこうしているとかそんな事を自分の友達のママが

知っているなんてわかったらきっと子供自身が傷つく。

そういう話は学区のママ友の前では口に出せないと思います。

でも悩んでいるそのことを話せて、そこは匿名でも実名でもない

親は顔をみせて話すけど子供の紹介もしない、

子供とはある程度距離を置いてプライバシーや個性が守られている中で

親だけが話すそういう場所というのはとても大事だな~と参加してみて感じました。

いろんな活動をしている団体さんのようで

皆様にはがんばっていただきたいなと思いました。

あと、そこの主催団体の一人のシンママさんが子供を連れてきていて

その子は相談会のときは別室でゲームやって待っていました。

なんとなく私が昔、運動として街頭署名をしていたことを思い出しました。

その頃も私もシンママで子供を預ける先がなかったから、どこに行くのも子供を

抱えて行っていて……

その時の仲間が子供をめんどくさがらず、むしろ可愛がって

くれていたことを思い出しました。若い独身の男の子が私の子に

わざわざお菓子を買ってきてくれたな~なんて古い記憶がよみがえりました。

楽しかったです。

朝、新聞を読んでいたら蟹江敬三さんがお亡くなりになったと言う記事を見つけました。

え???びっくりしました。だったそんな年じゃないはず・・・69歳でした。

好きな俳優さんでした。

「あまちゃん」のおじいちゃん役とか「おとり捜査官。北見志穂」の先輩刑事とか大好きでした。

でも、もっともっと前からこの人のことは好きだった。いつから好きだったのかな?

思い出せないくらいずっと前。

「スケバン刑事2」の頃からだと気づきました。

ずっとずっと、かっこいい俳優さんでした。お悔み申し上げます。