1/25 念願の場所へ… | Takumaのブログ

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穿ってゆがんだ愛で綴るジャイアンツとサインあれこれ…

 

仕事で大阪へ出張に行ってきました。
その夜、一次会を終えて同僚たちと分かれ、向かった先は藤井寺駅。
 
そう、大阪ドームが出来るまで近鉄の本拠地だった藤井寺球場があった場所です。
ちなみに、野球協約に定める近鉄の本拠地は藤井寺球場でしたが、ナイター設備がないことなどから実際には大部分の主催試合が日本生命球場(日生球場)で行われたなんて逸話も残っています。
 
そんな藤井寺にやって来たのは、昔から念願だったとある場所に行きたかったためでした。
そのとある場所というのは、駅の改札脇に設置されている壁画にも書かれている
 
こちら。
市内の名所名跡をまとめたような壁画に、個人のお店が描かれているとは。
もはやこちらのお店は「観光名所」みたいなものなんでしょうね(笑)
 
お店に向かう前に、藤井寺球場のあった場所を訪れました。
駅前のロータリーから、静かな夜道を5分ほど。
現在は小中高校となっているこの場所が、かつて藤井寺球場のあった場所なんだそうです。
 
学校の敷地の脇には、球場跡地を示す銅像が設置されていました。
ちなみに銅像の周りは街路灯などもなく真っ暗なので、フラッシュを使って撮影したところ心霊写真のような写りの写真になってしまいました(苦笑)
 
藤井寺球場への”参詣”を終えて、お目当ての店へ。
駅前のレトロな商店街の脇道を抜けた先に、
 
ありました!
スナック「しゃむすん」さん。
 
まだ私が高校生で、TTMを初めて数年ほどしか経っていなかった20数年前。

「TTMでサインを頂くだけでなく、お酒が飲めるようになったら何時か実際に行ってみたい」

と思っていたこちらの店に、ついに来る機会に恵まれました。

 

長年の念願がかなった嬉しさは勿論のこと、その頃から20年以上、こんにちまでお店を続けてくださったマスターにも大感謝です。

 
店に着くと、先客が3名。
皆さん常連さんのようで、すでにかなり出来上がっている様子。
 
店のマスターはお客さんのカラオケに耳を傾けており、入店してカウンター越しに声をかけるも、カラオケの音に紛れて気づいてもらえず。
最初に私の存在に気付いた女性の常連さんがマスターに声をかけてくれ、マスターも私に気付いてくれました。
 
あいているカウンターの席を案内されると、飲み物を聞かれてウイスキーの水割りを注文。
マスター手作りのポテトサラダ(林檎入りの懐かしいタイプのやつ!)と菓子などを出してもらい、しばし私もカラオケの歌声に耳を傾けます。
 
曲が終わると、マスターが「どっから来たの?」とひと言。
東京から来たこと、そしてマスターに会いたくて来たことを伝えると、すかさず一番出来上がっていた常連のおっちゃんが「この人の存在は全国区やもんなぁ!」と言ったかと思えば、次に出た言葉は真逆の「にしても、わざわざこんなオッサンに会いにきたんか!」。
その後も「君は東京か!ワシは、きょう九州から来たんや!遠かったわぁ~」と、キヨシも顔負けの”絶口調”ぶり。
 
関西人の酒場での”本場のノリ”をしっかりと堪能させてもらい、最後は残り2人の常連に抱きかかえられるような形で帰宅していきました。
ちなみに店を出るときには「ワシはきょう那覇から来たんや!」に変化していました(笑)
 
常連さんたちが帰ってからは、マスターと1対1の時間に。
 
子供の頃のこと、高校時代のこと、大学時代のこと、近鉄のこと、80年代パリーグのこと。
マスターも、藤井寺生活が半世紀とはいえ元は東京出身ということもあり、東京の居た時代の話をいろいろと聞けたのは実に有意義でした。
(近鉄時代の同僚である金村義明さんがマスターのことをよくテレビやラジオで喋っていますが、その中に東京時代の話はまずないので、東京に居た時代の話は新鮮な話ばかりでした!)
 
終電の時間もあったため、最後は泣く泣く店を後に。
カウンター越しに2ショットを撮ってもらい、最後は店の玄関まで送り出してくれました。
 
80年代近鉄バファローズの主砲、「和製ヘラクレス」こと栗橋茂さん。
素敵な時間を有難うございました!
 
サインはカードと、
 
ボールにも頂きました。
 
ちなみにこのボールは、栗橋さんも「大阪ロマンズ」の一員として活躍していたマスターズリーグの試合球です。
 
また、出身である駒澤大学の応援フラッグにも一筆いただきました。
(左側が石毛さん、右側が栗橋さんのサイン)
 
フラッグにサインをしながら「こないだの駅伝で負けちゃってさ、腹立っちゃったよ~」と栗橋さん。
いまだに関西方面の駒大の同窓会などには結構顔を出しているようで、母校愛に溢れる栗橋さんなのでした。