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タイトルは悪意はないが、なんとなく・・
手持ちの「アイヌ」を題材にした本をザっと見した。
(端から端まで読まず・・気持ちに余裕あらず。)
最近中古で買った「アイヌ民族もんよう集」も見つつ、
少し前に夢の中で見たのは「チンヂリ」の入ったものだということが分かった。
「黒い服」と「黒い額アテ」にそれが入っていた印象。
参考資料よりも、ほんの少し刺繡の密度はあったかな・・。
「アイヌ」と「クロユリ」の関係は「部分的な食糧」と「染料」を兼ねて、
皮肉的な話でクロユリは1本しか咲かないので「独身の女性」の象徴のようだ。
染料としては「黒い服」や「額アテ」に染められていたと考えれば、
民族衣装の歴史はあまり見てないが、神道的に言えば「巫女服」のような・・
「未婚の女性で穢れていない」という言い回しが今に良いのか分からないが、
そんな感じの印象なのかもしれない。
神道では白と赤だけど・・。
そんな深く考えずに、自由に着ればいいよ・・的な感じではありそう。
いつもの所有欲がわいてくるから、恐ろしい・・。
「アイヌ民族もんよう集」には、刺繍のやり方も書いてるが・・、
広範囲に縫い進めないといけないから、熱量が沸くまでは難しいなぁ。
チマチマ作業が難しい性格になってる今は、どちらにせよ厳しい。
◆
古い?民族で「アイヌ」に並んで、好きなのは「ネイティブアメリカン」の中でも
「ラコダ」や「ダコタ」だが、文化の調べようがないから音楽だけなのよね・・。
(もしも「ラコタ・ダコタ史」の英語の本があっても、何を買っていいか・・。)
(そもそも英語は読めないし・・。)
まぁ、背景を知ったほうがいいと思うが、アメリカのほうは音楽だけでいいな・・。
造語的に聴きたいから、英語をあえて学ばない。
どちらも、音楽の抑揚がいいのだろうなぁ・・。
アイヌの子守唄的なもの
ラコタの子守唄
比較というか・・好み。
◆
アイヌ語、そのものは・・んー。
エスペラント語と・・中身は、どっこいどっこいなところはあるなぁ。
語学の勉強も怠ってるし・・継続力がないねぇ・・。
学習者にも話者にもなれないね。
活用する場面があれば努力は始まるが、遊び半分だったら継続の気概がわきにくい。
好きな音楽を「アイヌ語」に変換ってなれば熱量は出るが、
調べてからの・・完成直前で手を付けなくなるのが目に見える。
完成が見えてしまうと、それっきりになるのが悪い癖ではある。
ため口を直す気がないのも同じ理由かもしれないが・・。
エスペラント語よりは、聞き取れそうってなるのがアイヌ語の恐ろしいところ。
「恐ろしい」ってなんだ・・。
悪く言うつもりはないが、「パ行」や舌足らずのような発音が多いし、
そのあとの行動で何を伝えたいのかがなんとなくわかる。
慣れない発音が多いから手付かずになるのもあるのかもしれない。
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ユーチューブが世界で利用されてるなら・・
公用語を「エスペラント語」にすればいいのにって思うのだが・・。
人工の国際語があるのに、そこで使わないでどこで使うの・・って思う。
バランス的にはそのほうが体裁はいいのだけどね・・。
それで翻訳を通さなくても良くなるし、母語と自国の文化の維持に繋がる。
他の国の言葉を覚えたり、言語を覚えたついでの文化を認識する必要がなくなる。
動画配信の時代が過ぎて、そこから時間が経ったころに
新たな動画配信の文化ができたら、エスペラント語になるのかな・・。
動画を会員制にするのも良いが、動画配信の公用語を決めることで、
必然的にその言語を覚えないといけなくなる流れも作れる。
翻訳機を使えばどうとでもなるが・・強制的に学習者・話者にする流れ。
それでVログ、趣味と音楽の配信だけしかできなくなる。
テレビ並みに特定の商品や文化を映し出すのは禁止にするルールも出てくる。