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今日の仕事は、人に失望して無表情で仕事をしてた。
仕事の要求は多いし、邪魔ばかり入るし・・、反射的に殴りそうな勢いで、
テンポよく仕事ができないなって感じて、しんどかったなぁ。
誰も手助けする気がなく素通りする姿を見て、人間の欲と行動には失望した。
そんな中で、あの夢をみたのだから・・。
「家」の夢は、踏み止まらせてくれてる感がすごい。
ちょっと違うけれど、夢版の座敷童のようなものかもしれない。
建物が持つ過去なのだから、そうとも言えると思う。
増改築して、減築して・・築年数が部位ごとにバラバラでハッキリしない。
一番古い部分が減築してて、その減築部分の魂は生きてる証。
減築でそこに家を建て直しても、地鎮祭をしても・・
減築前の状態の「魂の記憶」は残り続ける。
私の思い入れとマッチングしてるからこそ、夢で蘇る。
小学生時代の家よりも、今の家のほうが愛着があるみたいなところがあるから、
小学生時代の家の夢は見ないのだろうと思う。
それに斜め上に叶った「最初の願い事」だからね。
幼少期から小学生時代にかけて「二階建ての家が良い」と言霊で叶った願い事。
斜め上ってのは、そこには代償が多く出たということ・・。
だから、夢の中の「登場人物は親戚だ」の解釈に行き着く・・。
自分なりの「親戚の集まり」が懐かしいままの時代も好き、
家族の身勝手な社会の解釈で、私と存命の親戚との繋がりがゼロにされてる今は、
これからの一生涯「親戚の集まり」はできないのだろうと思ってる。
必要な記憶の欠片で「今」の心身を維持できるようにしてるようなものだから、
過去に縛られてるわけではない。
(安心毛布ではあるけれどね。)
◆
もしも
ちゃんと中学校での学生生活を送れて、祖父や父親の職業への憧れを維持して、
自動車免許を取り、建築の道に進んでいる・・そんな時間軸もあったと思える。
その時間軸とは別の形が今で、車の免許は取れないが自己犠牲をしながら、
クラファンの支援やNPO・NGOへの寄付が、その形なのだろうと思う。
伝統や神社仏閣への支援の色が強めで、復興関連に関しては大体寄付してるため、
遠回りに建築業はしてるとも言えるか・・。
もしもの時間軸に戻れば「復興のための建築ラッシュ」が
今の「無尽蔵」の仕事とリンクするとすれば、並行世界はあるなぁ・・と感じる。
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ますます「こうはしてられない」という感じにはなってる。
建築業は経験値が大事だから、今更感で勉強はきついが、その方向ではない方向で、
動きをつけていかないと・・私の人生の終幕が近いようにも思えてくる。
多分パニック障害の一つの症状ではないと思うけれど、死の予感しかしない。
