おはようございます
先程あげた記事は数日前に作って、そのままあげていなかった物。
こちらはまた今日までに起きた変化を。
多分、『愛されていない』と思い込んできたのは、小さい頃のお母さんとの関係からきている事がほとんどかなと思います。
その一部で…
私の母は、話しを聴くのが苦手な人でした。
何か困った事があると、母は決まって『祈りましょう』とかえす人でした。
母は、ある宗教に入会していて、夜や休日も、座談会があるから、と頻繁に家をあける人でした。
私はそれがすっごく、もう、とんでもなく嫌で。笑
夜は寂しくて一緒にいて欲しくて
話は、そんな何だかわからないご本尊に祈るより、何より母に聴いて欲しかったから。
でも、聴いて貰えない、言っても無駄だ、と思った、幼い私は、話す事をやめました。
何でも自分で決めよう、とその時心に決めたのを、今でもよく覚えています。
その時、
『私は話しを聴いて貰えないやつ』
『私はわかって貰えないやつ』
『私の側にはいて貰えないやつ』
だと、決めてしまったんですね。
それが面白いように、夫に対しても思っていて…
『話しを聴いてくれない夫』
『私を理解してくれない夫』
『夜は遅くて、休日出勤も沢山する夫』
…いや!すごいな!思い込み!!!笑
でも、幼い私は、お母さんが大好きで、お母さんに愛されていないって思うのがこわくてこわくて、私をこういうやつだ!って思わないと、心が壊れそうで…、必死にそういう事にしたんだよね…。
そこから私の『愛情の証明』ははじまりまったんだと思います。
長くなったので
続く…