「ジュラシックワールドの最初に出てくる
カラスのことなんだけどさ、
カラスの先祖はTレックスって言われてるじゃない?

だから、
最後の戦いに勝ち残った
Tレックスの子孫を匂わせる設定として
関連付けてのオープニングなんじゃないかな。

結構細かいところにこだわりや
関連性を持たせる映画の作り方をする監督だから
オープニングのカラスも
なんらかの関連性があるような気がするんだよ。」



「その視点でみてなかった!
単なるジョークかと思ってた。

レックスは進化の過程で最大級になったけど、
もとはトカゲ並みの大きさで、
進化してその一族が一部鳥類に進化してるわけで、
あり得る話だね。

俺はレクシィーがスピノサウルスの骨格を砕いて
登場したシーンが気に入ってる。」



これは私と幼馴染の会話である。

なんの前触れもなく、
突如として始まる議論。
基本的に持ちかけるのは大概私だ。

ここでポイントとなるのは、
映画のあらすじや設定、
登場人物や俳優などの説明はすべて割愛となること。

つまり、
この場合の「ジュラシックワールド」は
すでに観ていること、
意識を共有していることが
まずは大前提としてあるのだ。

ちなみに、
一緒に観に行ったわけではない。

相手が何回、
誰といつ観に行ったかはしらないし、

そんな事実さえ、実はどうでもいい。

問題なのは、「観ている」ということが当たり前であること。
その信頼関係だ。

幼稚園からの付き合いになると、
もはや
「あの映画みた?」など聞くまでもない。


さらに会話は続く。

「スピノサウルスに負けてるからね、3で。
多分だけど監督は、
Tレックスが恐竜界の王者として
君臨してるという感覚を
否定したかったんだと思うんだよね。

私たちの固定観念でもある、
最強の恐竜=Tレックス、
という認識を
裏切りたかったんだろうね。

スピノサウルスもそうだし、
今回のモササウルスも
インドミナスレックスもそうなんだけど、

「一番強いもの」が
なんだか分からなくしてる。

どれも一番になる可能性があり、
どれも食われてしまう危険との隣り合わせだから。

つまり、
一番を決めてしまったら、
それ以上でもそれ以下でもないから
物語は終わりだし、
ロマンもなくなってしまう。

見えているものに人はロマンを感じないものだからね。

エンターテイメントとしては、
なんだかわからないけど強い!怖い!
そんな存在を作ることで、
パニック映画の醍醐味を表現しようとしてる。」



「つまり、カオスの表現だよね!
ジュラシックパークからカオス理論を提唱してるから」


というように
ある程度答えが見えてくるまで
永遠と議論がなされるのである。


このとき、
たった一つ私が伝えなかった感想は、

インドミナスレックスってさ、顔でかいよね。
「キメラ恐竜」をつくるなら
もうちょっと見た目.........

反感を買いそうだったからやめた。
頭いいからまぁ許す。


さて、
これはほんの一部の
会話の抜粋であるわけだが、
基本的にはいつも同じ流れだ。


大事なのは
意識や価値観を共有しているということ。
当たり前のレベルで議論ができるということ。

これって実はすごく重要なことで、
「あのときのあれ」で
通じる関係性ってすごく大事なんだよ。

自分が何者かわからなくなったとき、
その人だけはその答えをしってる。

そうゆう人がいると、
人間は自分軸を見失わないんだ。


さぁ、
数日前、Miaから下記のような連絡をもらった。

しかも突然。


まず、謎のタコの写真。

これが、
まぁなんとも愛らしい顔をした半透明の小さなタコの。

そして一文

「ハワイで発見された新種のタコ、可愛くない?」


ここで前提となるのは、
私が間違いなくその話題に食いつくこと。

わかってるんだよ、Miaは。
間違いなく私が食いついてくること。

会話は以下のように続く

「可愛い!なにこいつ!新人?」

「可愛いよね。新人らしい。
キャスパーって呼ばれてるらしい。」

「キャスパー?おばけなの?」


調べた結果、
3月6日にハワイ沖の深海で見つかった「幽霊のような」形をした
驚くほど小さな新種のタコ。


15年の付き合いになると、
似て来るんだよね。感覚が。

どんなに小さなことでも、
気になったことは、
まず意識を共有する。

こんなことに興味を持つんだ、
こうゆうものが好きなんだ。。。

そんな一つ一つが
その人の紛れもない人間性だし、
価値観だから。

そうゆう関係性を
これからもずっと大切にしたいと、

なぜか暖かい空気の中で感じた今日。

春のような気候の中で、
のんびりカフェでランチを取りながら。


いや、
まずはさ、
今日から始まった上野の恐竜展だよ!

これ行かなきゃ絶対まずいって!

そう思っているだろうな。
あの二人もきっと。

その信頼関係こそが私の人生のすべて。

どうもはじめまして。
このブログではお初になります、Miaと申します。
HPの管理と写真加工をしています!
たまーに出没するかもしれませんが(笑)
その時は読んでいただけると幸いです。笑


さて今回出てきた理由ですが、、、


あれです!HaLuが散々ネタにしていた怪人二十面相です!

ついに読み終わりまして・・・!

遅いよ!

買ってから読むまでどんだけ時間かかってるんだ!


そんな声が聞こえてくる気もしますが、気にしません。
語り口調もだんだんと怪人二十面相の後継者のようになってまいりましたね。笑
この流れも数式(ものがたり)だったらどんなに楽しい時間であったろうか。
そのくらい名探偵・明智小五郎と怪人二十面相の対決は悲しくも楽しい対決(ゲーム)なのです。
そしてそれに巻き込まれていく、
助手・小林少年とその親友・羽柴くん。
大切な妹をとある理由で惨殺され、
人生に絶望した若手刑事・加賀美は怪人二十面相の名を名乗って事件を起こしていきます。
その相棒であり先輩であり部下であった中村。
彼の緩いキャラクターのおかげで暗い物語を少し照らしてくれた気がします。
このお二人の話は本当に大人な雰囲気で。
加賀美さん、語り口調は優しいのだけれど、話している内容は残酷そのもので。
そのギャップが感じられる。
もちろん、最初は真面目でまっすぐな刑事さんだったのです。
その加賀美さんを知っているからこそ、中村刑事は悔やんでも悔やみきれない思いなのでしょうね。
それでもきっと、彼は加賀美さんを見捨てない、命果てるその日まで。

小林少年は一言でいうと、可愛い。
人に興味がなく、いや、自分の色を持っていない人に対してだけ興味がないのだ。
つまり、人の顔色を窺っていたり、相手に合わせたりするような人に興味を抱かない。
明智を尊敬しているのは、恐らく超越している頭脳、自分の色を持っている、まとっている感情や空気
すべてにおいて、小林少年が生きてきた中で初めて出会った人というものなのだろう。
怪人二十面相にヤキモチを妬いちゃうところも可愛い。
そして明智と怪人二十面相の繋がり、ある数式に興味を持ちます。
彼がこの物語の重要なカギであることは容易にわかりますね。

この小林少年の親友というのが羽柴君。
彼は御曹司。つまりボンボン。
小林少年が彼を助けたのがきっかけで仲良くなった。
彼も彼の色があり、それを小林少年は見抜いていた。
恐らくこの登場人物の中で一般人、というか常識人なのが、この羽柴君であることは間違いない。
そんな彼も、親友・小林少年のためなら無茶もしてしまうのです。
そのくらい、大切な親友なのだから。

さてさてさて
この話のメインともいえるのがこのお方、、、
そう、名探偵・明智小五郎!
もうね、かっこいいんですよ。
中学生なのにブラックのコーヒーばっか飲んでたり、
過去の出来事もあってか、頭痛薬が手放せないんですけど
かみ砕いて飲んじゃうんです!
小林少年も私もきっと皆さんも総ツッコミですよ。
「薬は噛んで飲んじゃいけません!ましてやコーヒーで飲むなんてもってほのか!」
実際、医者にも言われてるっていってましたからね。
治す気ないだろうなと。小林少年もいってました。
いつも二人が事務所に来るたびに、
また来たあいつら・・・と迷惑そうにいつもいっていました。
でもね、分かるんですよ。私。(どこかで聞き覚えのある言い方!真似してません!決して!笑)
内心嬉しいことを!徐々に受け入れ始めていることを!
この怪人二十面相の事件をきっかけに三人は一緒に事件と向き合っていきます。
読んでてね、明智小五郎の心の熱さ、それが伝わってきました。
彼は冷酷に見えるけど、内に秘めてるものは誰より熱いはず。
それが発揮されるのはあくまで、大切な人達にですが、そんな彼だからこそかっこいいのだと思うのです。
彼は怪人二十面相(本当の)との数式のやりとりが本当に楽しく幸せな時間だったのだろうと。
数学に関しては私は得意ではないので、感覚的には小林少年と同じ感覚だ。
ちんぷんかんぷんだけど、感覚ではなんとなくわかった気がする。まさにそんな感じ。
彼が最後、おばけに怯える部分があるのだけれど、
そこが何とも中学生らしく、まだ子供なのだと感じさせられる。
個人的にそのギャップが非常に可愛かったです!笑

この数式と小説の中で繰り広げられている惨劇、事件、周りの音たち。
すべて今の現代に起こる可能性がまったくないわけではないから、恐ろしい世の中だなぁと思う。

あまり中身を話してしまうとネタバレになってしまうので、
少々話を省略して感想を書いてみました!
ちなみに私が読んだのは江戸川乱歩さんの小説を原案にした小説だったので、
もしかしたら原作とはお話の内容が違うかもしれません。

それでも、江戸川乱歩さんの小説をまた読みたいと思ったのはやはり



明智小五郎がかっこいいから



・・・もありますが(笑)
物語、登場人物、いろんなピースが揃っていたからなのだと思います!
HaLuに感想をいったら”四十面相”を勧められました!
また買って読んでみようっと。

By.Mia


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さて、
我が相棒のMiaさんに関しましては

そろそろ、名探偵コナンと江戸川乱歩の諸作品が
大した関連性を持たないことに気が付いたころだろうか。
そして、小林少年に惚れ込んでいる時期だろうか。

コナンのトラウマに関して
一人きりで抱えているにはあまりにも大きな問題すぎるので
小学校からの友達の家に夕食会にお呼ばれした際に見せた。
感想はMiaとよく似ていた。
「よくパンチの効いた良い作品」ということで話がまとまった。


からの、先日27日水曜日に、Miaも含めたいつもの4人組(幼馴染とMr.)で
念願のディズニーシーに行ってきた。
混んでいるのは分かっていても時々行きたくなってしまうのがディズニーマジック。
まぁ断然USJ派ですけどね、わたし。

天気は晴れ。雲一つない青空。
混雑状況、まぁまぁ。開演時間10-19

よく遊びつくした気がする。
ファンタジーとは本当に現実的な人間が織りなす理想の世界。
ディズニーに行くたびに思うことだ。

ところで、絶叫マシーンが苦手とか、
高いところが怖いとか、
人はなぜそう言った謎の恐怖症を持っているのだろうか。
(ちなみに言わせてもらうが、
ディズニーは大人も子供も楽しめるテーマパークと言う設定なので
あの場所にある少し速度が速めのアトラクションを
絶叫と言うのはやめてもらいたいところだ。
絶叫と呼ぶのはせめて、富士急のええじゃないかとか高飛車辺りからでお願いしたい)

絶叫アトラクションが苦手な3人を引き連れての旅は
いかに退屈かと思ったが、そんなことは一切なかった。
本当に笑いの耐えない1日だった。

さて、わたしの幼馴染は本当に絶叫マシーンが苦手だが、
わたしのためにどれか一つは乗らなきゃいけないと思ったのか
「レ...レイジングスピリッツならギリギリいけると思う...それ以外は絶対無理」
とのことで、「あぁ、そうですか」と思いながらファストパス(以下、FP)をとった。
(ちなみにこの時点で、
手元にタワーオブテラー(以下、タワテラ)のFP2枚、
センターオブジアース(以下、ジャーニー)のFP2枚がすでにあったことを記しておく)
そして、内心、なんでレイジングスピリッツ(以下、レイジング)を選んだのかなぁ、
もしわたしが絶叫苦手だったら一番乗りたくないアトラクションだけど...と思っていた。
まぁ、それを本人に言ってしまうと気が変わって
「乗らない!」とか言われそうなので黙っておいた。

夕方になり、辺りもすっかり暗くなった頃、
レイジングのFPの時間がやってきた。
先ほど、絶叫が苦手なMr.を引きずってジャーニーに乗ったが
それはそれは男らしく、落下時に「うぐっっっ」と言う一言だけで無事に終了していた。

問題は君なんだよね...と思いながら
「具合悪い」とか「心臓出てきそう」とか横で言っている幼馴染を
無理やり引きずってアトラクション前までやってきた。
隣を通り抜けてゆくトロッコのスピードにうろたえながらも
なんとか騙し騙し乗り場まできた。

「体調が優れない方、妊娠中の方、障害をお持ちの方のご乗車はご遠慮ください」
とアナウンスがなっている間
「体調が優れない方」「はいはいはい!!」
「妊娠中の方」「はいはいはい!!」
「障害をお持ちの方」「はいはいはい!!」
.....いちいちうるさい。
体調と障害は別として、妊娠はありえない!とわたしにど突かれながら
無理やりアトラクションに乗る。

急上昇、急降下、急旋回、360度の回転をして
「ひゃっほー!!楽しい!!!!」と乗り場に戻ってくると
ちーーーーーーーーーん.......
と隣で最大級の負のオーラが漂っていた。
世間一般に言う「ヘタレ」にふさわしい状態だ。

思えば昔からそうだった。
おままごとをするときは、
幼馴染のポジションはなぜか「ポチ」だったし、

わたしはローラーブレードで
彼はいつだってそんなわたしのそばを走っていた。
たまにわたしが自転車の時もあった。

地元の探検も、
秘密基地作りも、
わたしが雷を呼んだり、
(昔はなぜが雨が好きで、
天気の良い日に部屋を真っ暗にしてマントを羽織って
ベランダに出て雷を呼んでいた.....完全にオカルト染みていた今思うと)
傘で空が飛べるかどうか戦っているのを
(傘を持って走って飛ぼうとすると
傘がさかさまを向いてしまってわたしはとてもいらついていた)
横で黙ってじっと見つめながら
わたしの謎の行動に付き合ってくれていた。

そんなことを思い出しながら
「だ......だいじょうぶか?」
と手を差し伸べる。

(後々、レイジングに乗らなかった二人に状況報告をした時
「HaLuが非常に男らしかった!」と言われた原因はここにある)

アトラクションから降りた彼は
顔の年齢が20歳くらい老けて見えるのに
足は生まれたての子鹿のようにガクガク震えていて
わたしはシーマン(人間の顔に魚の体)を見るような違和感に襲われていた。

次にタワテラのFPが控えていたので
(レイジングに乗らなかった二人は先にタワテラに向かっていた)
できるだけ早く歩いて欲しいと思いながら
幼馴染を引っ張って自分たちの立ち位置から火山を挟んで
直線上にあるタワテラに向かった。

火山を通り過ぎた時、
メディテレーニアンハーバーの夜景を見て
少し回復した彼が言った一言。

「なんか、夜景がすごく綺麗に見える」

よかったね....

そう、
辛いことがあるから
幸せを幸せと感じられるんだ。
幸せのためだと思えば
どんなことも一概に不幸だとは言えないであろう!

と、この時言いたかったことは
ここに書くだけにしておく。
彼があまりにも頼りなく
不憫に思えたので。

タワテラはMr.と乗った。
今の時期は少しスリルが増していたらしい。
彼に関しては「うぐっっっ」から「うわっっっ」に一言が変わったくらいで
特に大きな変化は見られなかった。
楽しかったようである。

わたしは......
タワテラでコナンを思い出していた....(しつこい)

と、に、か、く

こうしてね、散々笑える日があるから
人って頑張れるんだよね。
どんなに辛い日々でも
明日の笑顔に繋がってるから。

いつもの4人に感謝

そして今回はMiaの名前があまり出てこなかったけど
最初から最後まで一緒にいたよね笑
次回は見せ場を作ろう!笑

ちなみにそんな彼女が一番気に入ったアトラクションは
マーメイドラグーンにある重心の微妙な差によって
スピードが早くなるコーヒーカップだったようだ。

わたしのお気に入りアトラクションの一つ。
地味だけど面白いんだ、これが。
そんなこんなで
冒険とイマジネーションの海での1日は終わった。

次回は是非、停電のない時に行きたいものだ。

おわり

ps.登場する個人名はすべてニックネームで今後も使用します
先日、アウトレットに行って、あるポーチを購入した。
EARTH というファッションブランドと名探偵コナンのコラボポーチである。
(わかる方には商品がわかるかな...)

前々から近くのショッピングモールで見かけていて
気になっていたが買わないでいるうちに忘れかけているところでの再会だった。

安くなっていたので、自分の分とMiaの分を2つ購入し、プレゼントした。
休日に事務所に行く時やコンビニに行く時には十分な大きさのあるポーチ。
先日彼女がちゃっかり使っているところを目撃し、嬉しかった笑

さて、そのポーチを購入したのち、
急に「名探偵コナン」を見たくなったわたし。
特に予定のない休日に、You Toubeでひたすらコナンを見た。

わたしには「コナン」と聞いて真っ先に思い出してしまうトラウマの話がある。
みなさんにもあるだろうか?

怖い、すごく怖いのだがつい気になって検索をかけてみる。

「名探偵コナン 図書館」

すぐにヒットした。

もはや、この段階で怖い........

わたしは中学生の時、一番仲の良かった友人の家に入り浸り、
学校が終わってから辺りが暗くなるまでコナンの漫画を読みふけった。
一緒に遊んでいるのか、漫画を読むためだけに一緒にいるのかよくわからないが、
「空間は共有するがお互いに時間は共有しない」仲の友人だった。
それだけ仲が良かったということである。
昔話は置いておいて、わたしは昔から漫画を読むのは苦手で
(読み慣れていないので次はどこを読めばいいのかわからない)
一冊にすごく長い時間をかけながら、当時発売されていた分は確かすべて読んだはずだ。

その中で大人になってからも時々思い出すわたしにとってのトラウマ回、
その名も「図書館殺人事件」

漫画の段階でぞっとしていたものに音声を加えたらどうなるのだろうかと思いながら再生する。

推理ものである以上、トリックを駆使した作品ももちろん面白いのだが、
こうゆうシンプルな普通にあり得そうなものほど怖いもので、
固唾を飲んで画面に見入っていた。

面白いもので、子供の時に見ていた漫画やアニメを大人になってから見てみると
全く違った印象を持つものである。
子供の時には気づかなかった視点があったり、
大人になって見てみると子供の時のような純粋さで見ることができなかったり。

いずれの感性もその時にしか感じることのできない特別な宝物だということに
大人になって気づくし、そういった面で歳を重ねるのも悪くないなと感じるのだ。

だがしかし、
この話に関しては怖い!!
大人になってからでも怖い!!
わたしは度々、子供の頃に見ていたアニメやドラマを見たりするのが好きで、
その都度、「これってこんなだったっけ?」という新しい感覚を楽しんでいるのだが、
これに関しては昔と変わらない。
すごく怖い。

ネタバレになってしまうのでここには書かないでおくが、
過去に見たことのある人、見たことのない人関係なく
気になる方は是非チェックしてみてほしい。
(なお、子供心にコナンの犯人の黒い影が強かったのだが、大人になった今でも
こちらも変わらず怖い対象の一つであることを念のため書き綴っておく)


見終わったあとにどっと肩の力が抜けて
iphoneのYou Tubeを閉じた時、
ラインにメッセージが入っているのに気付いた。
(もともと、普段からラインの通知はOFFにしているので
コナンを観ている時には気づかなかった)

ラインを開けてみて、Miaからのラインであることがすぐにわかった。
先ほども連絡を取り合っていたのでラインを開けた時は彼女とのトークページだった。
そこで、手が滑り彼女が押していたスタンプ(今時はしゃべるスタンプがある)を
タッチしてしまった。
その瞬間わたしのイヤホンいっぱいに「照れるー!!!」と言うスタンプの声が響き渡った。
(今までイヤホンをしてYou Tubeを観ていたので)

心の中に「怖い」という感覚が残っていたわたしは
不意を突かれたその大きな声に飛び上がり、携帯を遠くに飛ばしてしまった。
「うわっっっっ!!!」と言う女性らしからぬ声と共に。

それからと言うもの
彼女が会話の内容とは何の関連性もなく突然送ってくる「照れるー!!」というスタンプは
わたしにとって、ただそれだけでコナンに出てくる犯人の狂気じみた顔を思い出してしまう
トラウマスタンプとなった。
おそらく彼女も面白がってそのスタンプを押してきていることは
間違いないだろう......

さて、その後
自分が思ったことはなんでも共有したいという思いの強いわたし、
Miaを家に呼び出し、コナンの「図書館殺人事件」を見せた。
「それ、本当に怖いの?わたし知ってるかな、その話」と
たかだかアニメなのに「怖いなんて笑」との疑いの目を寄せていた彼女だが、

見終わったあと、
「これ、怖いわ........」と
しばし呆然とする時間があったのでやはり彼女の予測を裏切って
相当怖かったようである。

子供の時に怖かったもので
大人になってからも怖いもの。
それって本物なんだな。

だって、
学校の3番目のトイレにいる花子さんも
走る人体模型も
光る二宮金次郎も
今となっては学校の七不思議、有り得るはずがないと思うから
全然怖くないもん。

まぁ、そんなこんなで、
真冬のホラーだった。
わたしにとっては、コナンも「照れるー!!」スタンプも。

その後、Miaはコナンを観た影響からか突然本屋で
「江戸川乱歩の小説が読みたい!」と言って「怪人二十面相」を購入していた。
「小林少年がかっこいいから、ハート持ってかれないように!」と忠告しておいた。

はぁー、わたしが知る限り彼女は最も影響を受けやすい人間だ。


つづく
今朝はとても久しぶりに空手の稽古に行った。
朝早くから道場で汗を流すのって本当に気持ちいい。
ここのところ少しの間、お休みの期間を頂いており、
今日が久しぶりの道場復帰だった。

わたしは子供の頃からではなく、
社会人になってから極真空手の道場生になった。
極真空手をやっていると人に話すと、
「寸止めじゃなくて実際に相手に当てるやつでしょ?」
「結構ガチンコのやつでしょ?」
とよく言われる。

なんとなく怖そうといったイメージを持たれている様子。

まぁ「怖そう」というテーマに関しては
間違いはない。
間違いないんだよ、稽古中は確かに。
みんなでにこやかに稽古をするってゆう感覚は全くないから。
そんなことやってたら間違いなく怪我する。

でも、ここ数年、道場の人たちと
稽古やオフの集まりを通して
関わらせて頂いているうちに感じるものが沢山あった。

「本当に強い人は本当に優しい」
この一言。
私もまだ極めた人間ではないから
確実なことは言えないけれど、
強さと優しさはセットなんじゃないかと感じるのだ。

強くなるには
それだけ辛いことに耐えてるということ。
人が遊んでいる時間に筋トレや練習を繰り返し、
食べたいもの、飲みたいものを調整して、
痛い思いだってしてるし、
泣きたくなって挫折して
それでも絶対に諦めなかった人だけが
何かを極めることができるんだと感じた。

型はまだいいとして
自分が新人の立場でスパーリングで先輩と向き合う場合。
自分よりも明らかに強い相手を前にしたとき、
逃げることはできないから
負けると分かっていても立ち向かうしかない。

最初はボコボコにされて
自分自身の弱っちい筋肉を頼りに立ち向かうんだけど
到底叶う相手でもないことを思い知る。

でも、立ち向かうと言う行為を続けるうちに
最初は勝てる確率が明らかに0%のように思えたものが、
少しずつ少しずつそのパーセンテージを詰めていけてるんじゃないか?
と感じられるようになる。

そしていつか、それが逆転したとき
自分自身の弱さに勝つことができる。
結局勝負って全部
弱い自分、
できない自分を打破する行為だから
人に勝つ前に自分に勝たなきゃいけないんだ。

つまり、
自分より明らかに強い人間に立ち向かって
自分の弱さを知ってしか人は強くなれない。
そして己の強さを知ることでしか、
人は本当の優しさを手に入れることはできないと感じられるようになる。

稽古する姿を通してそう教えてくれる素晴らしい先輩が沢山いる。
何も語らないけど、
それでも同じ空間で目標を持って稽古をしていると
ひしひしと伝わって来る。

自分に余裕があるときは誰だって人に優しくなれる。
でも、自分が極限状態になった場合
果たしてそんなときも変わらずに
人を労ったり
誰かを守ったり
優しさを与えたりできるだろうか。

普通の感覚ではまず無理だろう。

だから、私はいつか
ゆっくりでもいいからいつか、
確実な強さを身につけたいんだ。
ボコされようとも怪我しようとも
目の前にいる相手と立ち向かう道を選ぶ。
空手に限らず全てにおいて。
たとえそれがどんな相手であっても。

経験することでしか
本当の意味で誰かの心に寄り添うことはできないから。
人の「ココロ」と「カラダ」は連動していると言うことを
改めて再確認する有意義な稽古になった。

見せかけの優しさじゃなくて、
本当の意味で優しい人間になれるまで
私の修行は続く。

とにかく、
今後はちゃんと稽古に出席します。