木の、持っている命と合体して彫りだす、と棟方の方った板画(はんが)の集大成をいよいよこの目で。

 

何か月も前から待って待って、ようやく。

 

 

 

本では何度も観たはずの作品が、刷りあがった生々しさのある本物の前ではすべてかすんでしまう。

驚いたり、おののいたり、笑みを浮かべたり、真剣に魅入ったり。

 

そう、まずは青森で育った文学青年、棟方志功の話からだ。絵が好きで、文学が好きで。丸眼鏡をかけ、縮れた髪を長く伸ばしてまるで70年代の青年みたいな棟方志功が辿った道筋。雑誌「白樺」のゴッホの向日葵に撃ち抜かれ、「わだばゴッホになる!」と心に決めた時から、彼の旅は始まった。

(こんな可愛い青年だったのか~!彼が私のよく知る棟方志功になるまではまだずっと遠い。


 

1932年から1937年頃の間の児童文学への挿絵や装丁の仕事は初めて見た!

宮沢賢治のグスコーブドリの伝記への挿絵とてもいい!グスコーブドリの伝記は私自身がとても大きな影響を受けた物語で、この物語を棟方はどう読んだのだろうか、きっとどれだけ宮沢賢治の想いに胸打たれたことだろうか、とグッとくるものがある。この挿絵で読んでみたい。会場にはアリスの挿絵もあり、なんともいい味のアリスとハンプティダンプティであった。他の挿絵のページも観てみたい。

 

「黒馬物語」の表紙!この色合い、それにこの線!もうこの時代の児童文学の表紙っぽい!懐かしい!これを読みたい!!

 

現代童話集の表紙と箱。かわいい・・。可愛すぎる。色といい、デザインといいとても好み。このまま復刊してほしい。手元に置いておきたい。

 

油絵から版画に転向した最初の頃の作品は、川上澄夫の影響がダダ洩れ!

私の大好きな川上澄夫にここまで影響を受けていたのだなぁ、となんだか嬉しい。

 

そこから一皮むけたこの作品は、棟方志功の作品作りのひとつの突破口のような。奥入瀬の川の流れと樹々を線と点で表す版画。

常にながれゆく水の動きとせせらぎの音がそこにある。

 

 

日本民藝館の柳宗悦と濱田庄司との出会いをもたらした「大和し麗し」をこの目で。

サイズ超過分の額が陳列拒否されそうになったところに、偶然通りかかった工芸部審査員の濱田と柳とが口をきき、全図展示となったという。

文字と絵がひとつになって、文字を読み取ることが中々に難しいけれど、柳先生はもちろん内容もよくご存じで、きっとこの文字も読めたであろうし、棟方自身が言っていたように「雨だれのような文字にしようと思った」そのリズミカルなとびはねるような文字の力と美しさに心奪われたのだろうなぁ・・。写真の中の棟方志功も柳先生もお若い。

この長い長い絵巻に見入る先生の姿が見えるようだ。

 

日本民藝館への買い上げが決まった時のエピソードは、荻窪の郷土博物館分館で読んだ。抱きついちゃうんだよね、柳先生に。羨ましい・・。

そのエピソードはこちら↓

 

 

 

 

 

「柳は棟方に説いた。美は才能ではなく、他力の中にある。」(NHKアーカイブスより)

 

師となった柳宗悦は、棟方に新しい扉を開かせる。

宗教性、という扉を。

 

日本民藝館にも所蔵されている風神。吹きすさぶ風の音、疾走感がたったこれだけの線で。民藝館で観た時、もっと大きな一枚を見て帰ったような印象を持っていた。今回会場で再び出会って、あれ?こんなに小さかったかな?と驚く。

 

 

とても好きな仏様二人。

これは柳らから彫りなおしを依頼されたという。全く違うものが彫られていて、彫りなおしたものの方が私好み。研ぎ澄まされたような美しさがある。

 

 

本物の大きさと迫力。

基督の十二使徒達が長方形の画面の下で天を仰ぎ、説法している。

 

 

寺の襖絵。

NHKの番組で襖の部屋が映し出され、会場にある時よりもずっとしっくりきていて驚いた。やはりここにあってこそ、さらに輝くように描かれているのだ。

 

(テレビ画面から拝借しました・・💦)

 

谷崎潤一郎の「鍵」の挿絵。

一度観たら忘れられない女性の流し目。

 

 

 

棟方志功が一心不乱に彫る姿は、エネルギーの塊。

 

左目はほぼ見えず、身体は蝕まれていても。

 

「板画の中には必ず仏はおわします。と思うんですよ。」(※板に画と書いて、はんがと読ませるのは、棟方の造語。)

 

「美術の神に捧げる仕事をしなければダメだと思ったんですよ」

 

棟方の言葉が響く。

 

これらはみなすべて、美術の神にささげる仕事。

 

 

 

1959年アメリカ滞在中、棟方志功は家族でヨーロッパへ。そしてゴッホと弟テオの墓へ。

 

 

 

「『わだばゴッホになる』と言って青森を出たわたくしが、今ようやくゴッホのところへ来たのでした。感慨というよりそれを越えたものがあって、それをどう形容していいのかわからぬほど夢中でした。(中略)わたくしは手も心もふるわして、チヤ子のまゆズミで墓の拓本をとりました。」(「わだばゴッホになる」より。)

 

棟方とチヤの墓はこのゴッホ兄弟の墓石を模して棟方がデザインしたものだという。

 

1975年72歳でこの世を去るまでの、彼の、純粋で鮮烈なまでの軌跡。

2023年12月3日まで。巡回展はない。ぜひに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図録がすばらしい。何冊か本を持っているが、一番好き!瓦煎餅も懐かしい味。今も包装紙として使われているのが嬉しい。

 

 

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