「マネジメント研修バブル」という言葉をご存知だろうか?


2003年~2007年にかけて、教育研修業界に発生したバブルのことを指す。当時は「石を投げればマネジメント研修に当たる」といわれるほど、どの企業もマネジメント研修に取り組んでいた。リ○ルートやリ○ク&モ○ベーション、産業○率大学や日本能○協会などなど、教育研修会社も競ってマネジメント研修を売り込んだ。


リーマンショックから5年、マネジメント研修熱はどうなっているかというと・・・あまり変わっていないというのが私の印象だ。企業の人材開発担当者は未だに


「若手社員の育成には、マネジメントの部下育成力が重要」

「メンタルの問題を抱える社員が増えてきた!マネジャーの責任だ」

「企業の強化はまず現場のマネジャーから・・・」


何とかの一つ覚えのように、10年前と変わらぬことを言い続けている。そうして、生産現場の人間が一銭単位でコスト削減した利益を、営業現場が靴を磨り減らして顧客を回り得てきた売り上げを、惜しみなく外部教育会社へと支払っているわけだ。


「マネジメントを強化すれば企業の競争力が高まる!」という考え方を“マネジメント・シンドローム”と呼びたい。マネジメントというものの本質を捉えず、とにかくマネジメントを妄信している現象だ。


そもそも、マネジメント活動は「一円の価値も生み出さない」ものである。付加価値を生み出す行為とは


「安く仕入れて高く売る!」

「創って、造って、売る!」


これしかないのである。つまり「ビジネス活動」こそが付加価値を生み出すのである。マネジメントは、その付加価値を「安定的に生み出す」「より大きくする」「よりリスクを低減する」という機能でしかない。つまりは、まずビジネスという行為(DO)が先にあり、それを補完する形でマネジメント(PLAN,CHECK,ACT)があるのである。この辺のことを昨今の管理部門はまったく理解していない、もしくは理解していて無視している。なぜならそれは、「自らの仕事は利益を生まない」ということを認めることになるからだ。


結果として管理部門は、ビジネスのための仕事ではなく、仕事のための仕事をする傾向となる。「すべては付加価値創造のため」という企業存在の大原則から外れているのである。


誤解して欲しくないのは、私は「マネジメントは不要」と言っているのではない。企業組織にとって「管理=Manage」は絶対に必要である。これがなければ組織は成り立たない。


しかし、ManageとはあくまでもBusinessをサポートするものにすぎない。もっと言えば、現場の付加価値生産活動を阻害するManageは有害なのである。


例えば、昨今は情報セキュリティが厳しくなりPCや書類の持ち出しにイチイチ上司の判子をもらい、管理帳票を作り、「誰が何時何を持ち出したかを全て記録する」などを行っている企業がある。


考えてもらいたい。それは付加価値を生んでいるのか?


もちろん、企業の社会的責任が厳しく求められている、というビジネス環境の変化もあるだろう。しかし、過度にマネジメントが強くなるとビジネスが弱くなるのである。こういうことを「本末転倒」という。


ビジネス視点から情報セキュリティを考えるならば、帳票などではなく、社員一人ひとりに対して、仕事への誇り、責任意識、気概を植えつけることを目的とすべきである。すなわち、上司・先輩が背中を見せながら部下・後輩に対して日常的に教えていくことである。


いいか?プライベートを考えるとPCを持ち帰って仕事をしたい、という気持ちは良くわかる。オレも彼女とのデートの約束があるから、家で仕事をしたもんだ。だからPCを持ち帰るな、とは言わん。

だがそのPCの中にはどれほど重要な情報が入っているかは解るよな?それを無くしたら、顧客にどれだけ迷惑をかけ、どれだけ会社に損害をもたらすか、「重要なものを託されている」という意識は忘れるなよ?

どれだけ酒を飲んでも、頭の片隅にその意識を置いておけ!


そもそも情報セキュリティーを強化する目的とは、情報流出などによる企業信用の毀損リスクを少なくすることにある。しかし、そのために新しいマネジメントシステムを導入し、報告義務や帳票管理を徹底するのは、ビジネス活動を損ない、結果として「新たなリスクを高める」ということにしかならない。


いったい誰のための/何のためのマネジメントなのか?企業の経営者を含め、管理部門には今一度、それを考えてもらいたいと思う。