金曜日参加者7名
土曜日参加者5名でした。

金曜日は家族5人。そして、地域の兄貴たち2人
土曜日は家族3人。家内はPTA会長の出張。ショーは、受験勉強。金曜だけはと話しているので。

体育館は、2面。高校時代同じ2面で50人ほど土曜日に練習でした。


11月下旬に、募集のプリントを作る事にします。
今年の3月11日に、手作りのカラープリントを配ってもらうために、碁石小学校に印刷物を事前に渡していました。
ところが、あの震災により、プリント配布が3月14ぐらいになったようです。
この時期になぜ?とおもったご父兄がいらっしゃったかもしれませんが、不可抗力でした。
まぁ。プリントの存在も記憶にもないかも知れません。

私としては、バドミントン連盟の加入が4月上旬のため、年度前に配布をして、団員を確認したかったのです。

それ以来、地域の広報では書いたものの、募集プリントはつくりませんでした。

碁バドの申し子であり、東北学連の委員長もしている、koukiくんが昨日

「バドミントンすきだなぁ。」
と友達makabeくんや私を見て、一言言っていました。

バドミントンが好きな人が集まる碁バドでありたいと思います。
「1人でもバドミントンを好きな人がいれば、クラブはほろびません。」

川崎町には多くの優秀なバドラーがいます。

この3年間、家族中心になりながらも、確実に練習を続けてきました。

聖悟が宮城県スポーツ少年団バドミントン大会 中学生男子シングルスで、競り勝ち、第一シードを破った選手にも圧勝しました。決勝では力及ばず準優勝となりました。
この3年間やっていてよかったと思えてなりません。

銀メダルの影には、地域の指導者や学校の先輩、中学校の先生方。そして、遠方よりきてくださった様々なバドラーのおかげです。

ここで、引き継いだ3年は、終えたと思います。

わたしとしては、アキレス腱を切って以来23年間、バドミントンとは遠い世界にいましたが、
これから、全日本シニアへの参加をきっかけに、次へのステージに上がります。

募集により人数が集まらなくても、それは、地域の実態ですから特に何も思いません。
バドミントンが好きで もっとうまくなりたい!強くなりたい!勝ちたい!と思う後輩の練習の場を引き続き確保していきたいと思います。
そして、指導と並行して自分もバドミントンと共に歩むつもりです。

基盤は、スポーツ少年団としては、碁石バドミントンスポーツ少年団
小学生宮城県バドミントン連盟としては、碁石バドミントン
地域の川崎クラブとの橋渡しも意識したいと思います。

来年度、碁石小学校から富岡小学校に名称が変わっても、連盟の加盟名称は変更しない予定です。
現役時代特別な成績があるわけではない普通のバドラーではありますが、あたえられた場から前に向かって進みます。

いつか全国で活躍するバドラーを川崎町からというのが、引き継いだ時の気持ちですから、あきらめずに取り組んでみようと思います。
まずは、そのためには、自分がシニア大会の初戦を戦うことだと思っています。