嬉しいなぁ
庭の紫陽花が、ぐんぐん大きくなってる
ガクが色づいて花が咲いたみたいになってて綺麗
このくらいのグラデーションの頃から
色が変わり続けていくのも日々の楽しみだねぇ
裏の青い紫陽花もポツポツ色づき始めてる
紫陽花は、品種改良が進んで
珍しいものがいっぱいあるので
見かけると欲しくなるけど
鉢植えを買っても枯らしてしまうので
結局、地植えの2種類だけなんだよ
毎日淡々とコンスタントに生活を変えず
鉢植えを手入れできる人はすごいなぁ
動物と違って、植物はこちらが様子を伺っていないと
声は小さすぎて「こうしてほしい」が聞こえてこないもんね
毎日の様に様子を見てあげないと
生活の中から忘れられて
簡単に数日でも数週間でも意識にのびらないこともある
仕事をしてる頃なんて
本当に幾つ植物を枯らしたかわかんらないなぁ
何も用事がなくても庭に出てると
あ、虫が付いてるとか
元気ないなぁとか
お水を欲しがってるなとか
気づくことが何かしらある
寝込んでいる間もそれが出きないからね
本当に地道に外に出て、ちょこちょこ
ちょこちょこやれる様になってきて
お花が咲いたり、種ができたり
そう言う、自然の事に喜びが増えていく
お仕事もお仕事で自分には向いていたので
こう言うご隠居生活みたいなのは
あの頃の私にはできなかったと思うけど
私ってとにかく順応しちゃうから
今はむしろ、あの頃の様なことはできないかも
体力お化けみたいな生活してたもんなぁ
その時その時を真剣にやってきた
必要な時必要なことが起こる
という風に考えるので
後々になると、あれがあったから
今こうなれているんだなという事だらけなので
未来にも、きっと振り返った時に
ああ、あれはここに繋がるのかぁ
て、なりそう
毎日、毎日掃いても掃いても落ちる落ち葉を
綺麗にすることも
そこから悟りを開いてお偉くなったお坊さんがいた様に
やり続けたことで意味になる様に
やってみなくっちゃね
そう言えば、最近、落ち葉集めのために
竹の熊手を買ったんだ(Seriaで)
勝手口の階段の脇に、ちょうどプランター程の溝があって
勝手口の踊り場から、そこが70〜80cm程高さがあるために
落ち葉が書き出しにくい
やってできないことはないんだけど
外からも自分からも見えないところなので
ついつい放置気味になって
落ち葉が積もり積もっちゃうの
それで以前どこかで見かけた
小さな熊手が欲しかったんだけど
そう言うのって欲しいと思って探すと
なかなか無いんだよね
ホームセンターとか、行った先で探すんだけど
いかんせん以前の様に出かける頻度が無いので
数打ちゃ当たるみたいな理論が使えない
そう思って、手持ちの園芸用の小さな熊手(金属の)で
お掃除した後に、病院の近くのSeriaが見つけた!
いざ見つけると、長く大事に使う前提で
もっとちゃんとした良いやつを買おうか迷ったんだけど
次にいつ、巡り会えるかわからない
なんせお買い物どころか、滅多に外に出ないから
病院は月イチで通っているけど
それだけで過労になってしまうくらい疲れるし
思い付きで買い物をくっつけると
具合が悪くなってしまうこともあるし
他の用事が優先のこともあったりして
次にいつ探しに行けるチャンスがあるか
当分先になるかもしれない
自分で全部こなしていた頃は
買い物もこまめに行ってたし
ホームセンターなんて用事がなくても
行くほど好きだった
店員さんより売り場や売ってるものを
把握してたくらい、あちこちのホームセンターを
熟知してたので、欲しいものによって
使い分けていた
行動範囲もめちゃめちゃ広かったので
7〜8県くらいは行動範囲だったので
ホームセンターの数で言うと何十軒もご贔屓だった
地域によって置いてるものが違って
品揃えの傾向が違うので
それも楽しいんだよねぇ
そう言う影響もあって、広い庭の家が
欲しくなるんだなぁ
やりたいことの幅が増えていくから
行動する人にはチャンスが舞い込んできるって言うけど
それって、動かないと見つからないもの
得られない刺激、変わらない意識やなんかがあるから
何かにつながる確率を上げてるってことなんだろうね
私の様に行動的な人は放って置いても
興味の赴くまま外に出ちゃあ
知らず知らずの内に受け取ったりしてるんだろうね
そして病気になって内向的な部分が増強されて
自分と向き合い続けている内に
ものすごぉ〜く考える様になって
これまで以上に
そっち方面も伸びた(はず、多分。きっと)
そうやって自分の人生のこと全て
厭わず真剣に対峙してたら
進むべく道に進めてるってわけだね
それが何になるのかわからない内は
嘆いたり、文句言ったりしちゃうけど
全て経験そのものに価値があって
良い経験、悪い経験なんてものもないんじゃ無いかと思う
全ての経験には意味があるし
意味に変わるんだと思うんだなぁ
実は、中学、高校の頃から
こんな様なことを言っちゃうガキだったので
(口が勝手に喋る)今頃になって
あの頃自分が友達の相談に乗って言ってたことやなんかで
真理に辿り着く様な感覚になる事がある
小さい頃から大病してこの子は
長く生きられないんじゃ無いかとか
言われていたんだけど
そう言う所を潜ってきたからなのかもしれない
経験値のない頃から、こまっしゃくれた
マセガキだった気がする
その分、みんなが幼少期に当たり前に
受け取るものを受け取っていなかったり
しなくて良い経験もしたかもしれない
それが自分のレア度、レアリティなんだと思う
紫陽花の話だったのに
また盛大に内容が展開してしまったなぁ
てへへ…(*´-`)

