「独身の女性は妹を扱う様に扱いなさい」
カトリックとして育てられたパトリックは幼少の頃、教会でそう教育されたと言う。道徳心を養うと言う意味では良い教えではあると思う。
彼は最初私を見た時から私の事が好きだったが、チャンスはあまりないと思ったから、この教え通りにしようと決めたと言う。
パトリックは道徳を重んじるタイプだ。道徳を重んじる人がDVとは、かなり矛盾しているようだが、事実だ。そしてある意味道徳的な部分はうまく彼の本質を隠す仮面にはなっていたと思う。
当時の私はと言うと、アンディーとの破局から立ち直れず、ロバートに粗末に扱われ、精神的にはボロボロだった。仕事を探そうとしていたが、自信喪失もしていて、なかなかうまく行かなかった。何をしたいのかも良く分からなくなっていた。この頃ビザ更新は今よりかずっとたやすかったと思うが、それでも1年後、どうしようか?イギリスに居たい。でも仕事が見つからなければ、さすがに学生の延長ビザでずっとは居れないし、お金だって続かない。気持ちは焦りと同時にどんどん沈んで行った。
弱り目に祟り目で、その時私が住んでいたフラットの大家が、精神不安定な人で、ちょっとした会話から彼の怒りを買い(その怒りの理由は今一つわからなかった)、家を出なければならない状況になった。理不尽な理由だったが、それよりもこの大家の感情の急な変化が恐ろしくて、とにかく早く引越したかった。
仲良かった友達が他の街に引っ越してしまったりして、この時、私には、近くで相談できるのは、パトリックくらいしか、いなかった。彼は車も持っていたのもあり、彼に頼むしか仕方がないと思った。彼は快く、引き受けてくれた。
また、同時に日本の母が私の事を心配して、急遽イギリスに引っ越しを手伝いに、来てくれることになった。
そこで母と、パトリックは初めて会った。将来、義理の関係になるとは、母も予想しなかった。母の最初の彼の印象は私の彼への第一印象と似ていて、「目が鋭くて怖い」と思ったが、娘がトラブルに巻き込まれているこの時に助けてくれる人なんだからいい人に違いないと思い直したと言う。
年月を経て、パトリックの本当の部分が出て来て、私にはどうすることも出来なくなり、離婚を決意した時には私の母はこの世に居なかった。
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