都知事選のニュースを見て、昨日はひたすら暗い未来を思い描きがちになったのですが、忘れていけないのは、宇宙が変化をしてきていること。私はこれに尽きると思っています。
それだけに、これまでのように、予測を大きく外して来ることが起こる。起こりやすくなるだけに、まあ、どうなることやらといつも興味深く見届けています。(だからといって、誰が当選しないとかそういうことではなく、もっともっと細かいところに興味深い現象が出てくるのではないかと思っています。)
それというのも、これまでのように同じように見えることでも、法則通りに見れば良いこと。その人ならではの、その事例ならではの個別の事情が隠れていること。これまでの法則自体が大きく変化をしていること。が関係をしてくるので、いい意味で「え〜っ、そんなことが起こりうるの!?」ということが起きやすくなっているようです。
それでも、個人に置いては、破壊の先には破壊が、創造の先には創造が起きて来るのは何ら変わらないようですから、「自分が今、何を選択しているのか。」というのは、言い訳したり、誤魔化したりせず、進んでいく必要があるようです。
そこで私が気になるのは、多くの人は感情で物事を理解・判断し、選択しがちになるということです。
例をあげれば、「人生を自分のよろこびに従って選択し、生きていく。」という言葉が誤解をされて、自分のよろこびが、突き詰めていくと、ただの恐れやエゴになっていて、よろこびに従っていたはずが、結果として最後に増大した自分のエゴに飲み込まれて終わりになる。というのを見かけると、言葉で伝えることと、捉えることの限界というのがあるのだなとしみじみ感じます。
そして、何よりその人の努力や能力、苦労を思うと残念でならないのです。おそらく、純粋に信じた道を進んできただけだと思うから。それなのに、結果を積むことになるなんて、想定外の事態でしかないのでしょう。
報われない人生の選択の陰には、いろんな要素が隠れていて、そのいくつかが整理をされるだけでも、全然違う世界を捉えることができるようになるのになあと思います。
だからこそ、自分の本質に目覚め、愛に目覚め、育てる必要があって、それが愛なのか、エゴなのか分かる自分になる必要があるのだなと、社会の現象を見ながら思うばかりでいます。