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やすにいさんのブログ

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おはよう!
今日もブログを読んでくれて、ありがとう。

小説家への道を納得してあきらめた私のところに、友人から連絡が入った。
「うちの会社、いま中途の求人してるから、一度受けてみないか?」

友人が誘ってくれたのは、大手の広告代理店だ。
まったく未知の世界であったが、心惹かれる業界でもあった。
一度よくないイメージを持ってしまった目の前の仕事に専心できなかった自分にとって、悪い話ではなかった。
まして、“小説家志望”という心のよりどころを無くしたばかりだったので、タイミングもバッチリだった。

そうか・・・広告代理店か・・・受けてみるか!
こうして、ひょんなきっかけから、私は大手広告代理店の採用試験を受けることにした。

ところで、私を誘ってくれた友人は幼いころからの親友であるが、私と彼にはもうひとり共通の親友がいる。実はそのもう一人も、私と同じように採用試験の誘いを受けていたのだ。

(二人とも受かればサイコーだけど、中々そういうわけにはいかないだろうな。申し訳ないがここは譲るわけにはいかない・・・)

私の頭の中は、早くも広告代理店入社後に馳せていた。

私には勝算があった。今思えば、何とも単純な発想であった。
ひとつは、私を誘ってくれた友人より、自分が卒業した大学のほうが、世間が言うところの“学歴”が高かったことだ。
私が卒業した大学は、国内では一流大学と称されている。
彼が卒業した大学は、中堅大学と位置付けられている。

学歴に関してもう一つ加えると、一緒に中途採用にチャレンジすることになった彼の母校も、やはり中堅の大学であった。しかも彼は昼間の部ではなかった。

これはもう、自分に圧倒的な分があると思った。

勝算のもう一つは、不平不満を抱きつつ、私は新卒入社の大手生保に10年以上継続して勤めていた。採用担当者は転職を繰り返す人材を嫌うという定説があった(今はほとんどないと思うが)。ライバルの彼は、2~3回転職していたし、私を誘ってくれた友人も、勤務先が廃業になっての転職組だった。

どうみても分がある。
少なくとも面接までは行けるだろう。書類で落ちるなんて、ありえない。
私はそう確信した。

文学賞と違い、必要書類提出後の結果は早かった。
広告代理店の人事からではなく、友人からの連絡だった。

結果は、私は書類選考で落ち、もう一人の彼は面接試験に進んだ。

一体どういうことなのか、目の前の現実を自分で整理できなかった。

だが、ただ一つ言えることは、私は私が頼みとしていた次の3つを、3つとも失ったということだった。

*小説家になりうる才能を持った自分
*(世間一般が言うところの)一流大卒という学歴
*10年超のビジネスキャリア

さすがに私を誘った友人は気を遣って、「インパクトが足りなかったんじゃないか」と言ってくれた。しかし、例え思い込みにせよ信じていた価値をすべて失った私には、その声はむなしく響きばかりだった。

幼少期から作文を褒められ、学業を褒められ、学歴を賞され、あまり苦労せず大手企業に入社した私は、自分のことを「できる人間」だと信じ込んで生きてきた。

そして、小説家をあきらめ、学歴もビジネスキャリアも通用しないと知った今、自分は世の中から必要とされていない人間なんだということを、生まれて初めて理解した。客観的に自分を捉えることができたんだ。

これは、小説家の道を絶った時よりショッキングだった。
自分には武器がない、世間に訴えることのできる何物も持たない、まさに丸腰で生きていかなければならないのだ。

しかしショックが大きい分、今度は行動を起こした。
「こうしてはいられない。今から世間に通用する価値を自分の中に築かなければ・・・」

このまま今の大手生保にいても、別にクビになるわけではなく、ある程度の人生は過ごせたと思う。しかしそれでは自分の足で立っていることにならない。経営体制だのなんだの、さんざん文句を浴びせてきた会社に飼われて一生を過ごすことになる。

私がどれだけ未熟な人間であっても、そういう選択だけはできなかった。

私は、これまで自分がやってきたことを遡って検証を開始し、自分と言う人間のリソースを探り始めた。どんな小さなものでもいい。丸腰よりましだ。
そして今度は、そのリソースを活かした職を探そうと思った。

この後私は、転職先で、ある若者から衝撃の言葉を聞くことになる。
彼の言葉は私の価値観を180°変えたといっても過言ではない。

では、今日はここまで。

ブログは毎日書くのでお楽しみに

                        byやすにいさん