おはよう!
いつもブログを読んでくれて、ありがとう。
今日は単刀直入に内容に入る。
「オレって何に向いてるのかなぁ」という質問をまず投げかけたのは、親友の一人だった。
私を広告代理店に誘った人間だ。
打てば響くように答えが返ってきた。
「結婚式の司会とか、いいんじゃないか?」
「はぁ?」
「だってお前、人前でしゃべったりするのうまいじゃん」
「まぁ、苦手ではないが・・・」
私は何となく釈然としなかった。理由は二つある。
まずひとつは、メディアに出てしゃべるアナウンサーとか、お金をもらって司会するプロとか、そういう人たちは突き抜けた才能であって、ちょっと人前でしゃべるのが得意だからといって務まるもんじゃないと思っていたからだ。
もう一つは、結婚式の司会業というのは、これまで私が携わってきたビジネスと違い、何となく軽い業界というか、一生の仕事としてはどうなのかなぁ、という思いがあったからだ。
(もちろんこれは、当時の私の偏見だが)
彼の意見に釈然としなかった私ではあるが、かといって自分で自分の特徴が判るわけでもない。
とにかく彼の意見を吟味してみることにした。
(結婚式の司会業かぁ・・・・・)
次に相談したのは、妻だった。私を小説家という妄想から救い出した妻なので、ちょっと期待した。
「今のままではダメだ。転職したいんだけど何をやったらいいと思う?」
またまた答えは瞬時だった。
「塾の先生とかいいんじゃない?」
「何で?」
「あなた、人に教えるの上手でしょ」
「えっ?」
「子供に勉強教えたり、ペーパードライバーの私に運転教えたり。私、あなたの教え方が上手だったから、また車に乗れるようになったのよ」
「へぇぇぇ、そうだったんだ。ちょっと厳しくし過ぎたと思ったけど」
「基本的には優しく教えて、ここぞというところで厳しくできるのが、あなたのイイところなのよ」
「ふぅん、そうだったんだ・・・」
なぜ私は塾の講師という妻の意見を素直に受け入れられなかったのか。それは、塾の講師なら学生時代も似たようなことをやっていたからだ。そしてそのときも確かに、実績も評判もよかった。
ただ、私の中には「そんなの学生だってやれる仕事じゃん」っていう意識があった。
(これももちろん、誤った認識ではあると、今ならわかるが)
でも、自分の中に答えが見つけられなかっただけに、この意見についても吟味することにした。
この日以来、仕事中も、プライベートでも、私の頭の中には2つの職業が行きつ戻りつするようになった。
「結婚式の司会・・・塾の講師・・・結婚式の司会・・・塾の講師・・・」
結論は出なかった。
しかし、ある2つのことが明確になった。
ひとつは、自分がわりとフツーと捉えている特徴は、他者から見るとプロとして通用するんじゃないかというレベルだったということだ。
これはつまり、人前で話したり、何かを教えたりするスキルのことだ。
もうひとつは、自分が強みと思っていることが、他者から見ると強みでもなんでもない、大したレベルじゃなかったということだ。
これはつまり、小説家のことだ。
結局、人間というのは、他者に貢献して初めて価値を発揮する。
ということは、自分で認める自分の価値より、他者が認める自分の価値に目を向け、そこを磨き伸ばしていくというのが、社会で勝ち抜いていくことではないか。
34歳にして、やっとこのことに気づいたのだ。
確かに私の親友も妻も、私の文才までは認めてくれた。
ただ二人とも、「小説家になれば」とは本気で勧めはしなかった。ただの一度も。
要するに、それくらいのレベルだったということだ。
さて、自分が活かすべき強みはある程度納得できた。
ここから具体的なアクションを起こしていかなければならない。
さあ、どうすべきか・・・・・?
そんなある日、自分が事務局を務めるビジネススクールを最後部から見学していて、ある疑問が浮かんだ。
「この先生、何でもっと上手く伝えられないのかなぁ」
そのとき自分の進むべき道が、おぼろげながら見えてきた気がした。
今日はここまで。
では、明日は私の決断と行動を綴る。
ブログは毎日書くので、お楽しみに!
byやすにいさん