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やすにいさんのブログ

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おはよう!
今日もブログを読んでくれて、ありがとう。

こうして研修講師の採用試験に合格した私は、8ヶ月間の講師養成トレーニングを受けることになった。ちなみに、講師を募集していたその会社は、日本の中ではかなり大手で老舗の産業教育会社であった。入社するまで私は全然知らなかった!

養成期間のことをひと言で表すなら


“自分の能力の追究”

という感じだった。

8ヶ月間で33回の小テストと、2回の社長テスト(社長はじめ役員陣が合否を判定する)に合格しなければ、一切の温情なくクビである。

来る日も来る日も、原稿をつくってはレクチャーし、厳しくあるいは優しくアドバイスされ、週に2~3回は小テストを受け、落ちたり受かったり・・・。まさにレクチャー漬けで毎日を過ごした。

まず何と言っても、原稿を暗記できないことに苦しまされた。

今でこそ、丸一日のセミナーであろうが、3日間の研修であろうが、暗記して喋るなんてことは一切ない(少なくとも、講師となって活動し始めて2年目くらいからはほとんど暗記はしなくなった)。
しかし、最初はそういうわけにはいかない。

一回のレクチャーが概ね30分。原稿量にするとA4にワードでビッシリ書いたもの15~20ページ分である。35歳になっていた私は、読んでも読んでも全く頭に入っていかない。


あるとき、あまりに暗記がきつかったので、原稿をつくらずストーリー骨格だけを頭に入れてレクチャーに臨んだ。そして驚いた。言葉が出ないのである。焦れば焦るほど頭の中は白くなっていき、レクチャーの半ばで私はギブアップしてしまった。

この体験で私は知った。

好きなことだったら、いくらでも喋れる。
好きなようにだったら、いくらでも喋れる。

しかし、ある明確な着地をめざし、複数の受講者を論理的かつ感情的にその着地に導くというのは、全く別次元のレベルなんだ、ということを思い知らされた。

講師業ではない方、あるいは講師をやったことのない方には、ここのところは理解しにくいと思うので、簡単な例で共有したいと思う。


例えば、200ページの物語を読んで理解するのは簡単だ。
しかしそれを1/10くらいに要約し、無駄なくスッキリと伝え、聞く人に物語の流れや魅力をしっかりと理解させるのは容易ではないだろう。
ましてや、目次(=ストーリー骨格)だけを頭に入れて行うなんて、至難の業としか言いようがない。

ここで殊更に難しさを伝えているのは、この養成期間に私は何度も自分の能力を疑いそうになったからだ。

前号までを読んでくれた人は分かっていると思うが、私は相当な決意と覚悟で講師にチャレンジした(つもりだった)。
しかも、親友と妻という、最も信頼でくる二人からお墨付きを得た強みで勝負している。

にもかかわらず実際に取り組んでみると、想定をはるかに超えた困難に直面し、そうなった時に初めて“決意”や“覚悟”が本物かどうか試されるのだ。
このことを是非、多くの人と共有したい。

人生の中で覚悟を決めることはそんなに頻繁じゃない。
だから私たちは、覚悟を決めたつもりでも、それが本当の覚悟かどうか判っていない。
しかし、当の本人は本物の覚悟だと思っているので、壁にぶつかり挫折した時、それを能力が足りないせいだと勘違いしてしまう。


能力が足りず壁を乗り越えられないことは、稀である。

真の原因は、覚悟が足りなかったことである。
だから、困難にぶつかったときは、能力を試されているんじゃなく、覚悟を試されていると理解すべきなんだ。

そして挫折しそうになったら、「能力が足りないんじゃない、覚悟が足りないんだ」「能力が足りないんじゃない、覚悟が足りないんだ」そう何度も言い聞かせ、自分の能力と向き合うことだ。

自分の能力と向き合う、それがまさに“自分の能力を追究する”ということなんだ。

言い換えると、「本当に能力が足りないかどうか、見極めてやろうじゃないか」という姿勢だ。
うまくいくかいかないか、そんなのはどうでもいい。この際だから能力の限界を確認するのである。


人は覚悟をした気になった瞬間から、その覚悟を試される。

「明日から健康のためにジョギングしよう!」と決めた途端、朝から雨だったり、体調不良になったり、飲みの誘いを断れず二日酔いで朝を迎えたり、仕事が遅く睡眠不足だったり・・・。
まるで「ジョギングなんかさせてたまるか」といった感じで、妨害要因が降りかかる。

そして挫折・・・。「あー、オレって何てダメなんだろう」

そうじゃない!それはジョギングする能力がないのではなく、覚悟が弱いだけだろう!!

覚悟が弱い要因は、持って生まれた“覚悟する”能力ではなく、覚悟を決める根拠に因る。
覚悟を決める根拠は、瞬時に宿ることもあれば、ゆっくり宿ることもある。

子供が火事の家に取り残された!⇒瞬時に炎の中に飛び込む覚悟ができるだろう。
それは単に、タイムリミットがあるからだ。

自分の能力を活かして夢を掴むことがなぜ難しいか?
タイムリミットが設定されていないからだ。
ぶっちゃけ、今じゃなくてもいいし、何回だってやり直しがきく。
だからいつまでも覚悟が決まらないだけなんだ。



覚悟を固めたつもりの私は、この講師養成期間、徹底的に試された。
何度も自分の能力を疑いたくなった。「自分には無理なんじゃないか」って。

そこであきらめなかったのは、根性や精神力のお蔭じゃない。
(正直言って私は根性無しである)
考え方を変えたからだ。
繰り返し伝えるが、「うまくいくかどうか」にではなく、「自分の能力はどこまでか」に視点を切り替えたからだ。

視点を「結果」から「能力の確認」に移したらどうなったか?
主語が“I”から“He”に変わった。
つまり、自分を客観的に見ることができるようになってきたんだ。



では、今日はここまで。
明日も今日の続きで、講師としての自分に気づいていく体験を話す。

ブログは毎日書くので、お楽しみに!

                         byやすにいさん