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やすにいさんのブログ

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こんばんわ!
今日もブログを読んでくれて、ありがとう。

とはいえ、ついに2日続けて連載を怠ってしまった!!
言い訳を許してもらえるなら、いよいよ新年度のコンサルティング活動が本格化し、目が回るくらい忙しくなったのだった。

が、しかし、忙しくってブログを書き続けられないって弱音を吐くんだったら、最初からブログを続ける資格はないよね。

だって、忙しくしているのは自分の意思なんだから。
そして、ブログを続けようって決めたのも、自分の意思なんだから。

このように人間はうっかりすると、両立させるのが困難な意思決定を平気で行ってしまう。
そして、自分で忙しさを選択しておきながら、

「こんなに忙しくちゃ、続けるのは無理だ」

なんて言って、別の意思決定を平気でひるがえしてしまう。

その際、犠牲にされる方の意思決定は、たいてい“慣れていないこと”のほうだ。
それゆえ人間って、なかなか新しい習慣を身につけられず、自分で自分を変えることができないんだ。

ここに成長の難しさがある。


って評論している場合じゃない!!
いままさに、この自分が、新しい習慣を身につけられるか否かの瀬戸際に立たされている。

「成功ノウハウ本の活かし方」っていうブログを書いている私が、ここであっさり挫折したら、

「おまえは言ってることとやってることが違うじゃん!」ってなってしまうことは、容易に想像がつく。ここは何が何でも踏ん張るしかない。


ということで、本題に入る。


第二十七回では、ブログの最後に、「自分の人生を生きているか?」って問いを投げかけた。

それは、自分の意思で行動しているのか、他者の意思で行動しているのか、人生という時間の中でどっちのほうが多いんだ?っていう問いとイコールだ。

実は多くの人が、他者の意思に基づいて、日々の大半を過ごしている。

例えば、仕事から家に帰ったらTVを見る。それって自分の意思?
目的をもってTVのスイッチを入れ、目的のチャンネルに合わせるんだったら、それは自分の意思に基づいた行動だろう。

でも、一度見始めた連ドラにはまって、他にやらなきゃならないことがあるのに(将来のための自己啓発など)、ついつい連ドラにチャンネルを合わせてしまう。

それは自分の意思とは言えないだろう。まさに、TV局とTV制作関係者と、番組スポンサーと、広告代理店の意思だ。

そうやって、ドラマにニュースにバラエティーに・・・・と、気付くと数時間が経過し、あっという間に寝る時間。

別にそういう人生を否定するわけでもなんでもない。
でも、そういう人生を送っていて、成功はできないよね。

別に成功を強いたり、成功を絶対的な価値だって言ってるわけじゃない。
でも、成功できなければ、かなりな確率で厳しい老後が待っていることは事前に知っておいたほうがいい。

私が最も避けたいのは、そしてみんなにも陥ってほしくないのは、厳しくみじめな老後なんだ。

*病気だけど治療費が出せない。

*治療費を出してしまうと、貯蓄を切り崩し、生活の質を下げなきゃなんない。

*退職したら社会とのつながりを失い、自分が生きている意味が見えなくなってしまう。

*目的のない時間を過ごす日が増えていく。

*思考とチャレンジを忘れた脳は退化していく。

*いわゆる“ボケ”に近い症状が出始め、周囲を悩ませたり、周囲に迷惑をかけたりする。

*場合によっては、周囲から疎まれる存在となっていく。

*それでも医療技術が発達し続けていくので、80歳どころか、90歳を超えて人生が継続していく。

*元気で長生きならいいが、病気、ボケ、要介護などなど、周囲にカネも手間暇もかけさせながら寿命だけが延びていく。

*やがて最愛の伴侶のどちらかが先立ち、八方ふさがりの中で孤独を生きる・・・



私はブログによって多くの人にネガティブな老後をイメージさせたいんじゃない。
じゃあなんで、こんなネガティブな状況を列挙するのか?

これらは私たちにかなりな確率で起こりうる“リスク”なんだ。

リスクにはしっかりと向き合っておくべきだ。
向き合わないと、本気で対策を立てようなんて思わない。
ただ、忙しさの中で日々が流れていく。

漫然と夏休みを過ごした子供が、8月25日くらいになって、宿題に追われる。
勉強から逃げ遊びほうけていた中学生が、受験間近になってあわてる。

それと同じことだ。

宿題なんか間に合わなくたって、先生に叱られるだけだ。
高校受験なんか失敗したって、いくらでも挽回できる。

でも、厳しくみじめな老後が眼前に迫ってから「しまった!」と思っても、手遅れだ。

そして、幸せだったはずの人生を、最悪の形で締めくくることになる。
死の床でこう思う。「自分の人生、なんだったんだ・・・」

そんな人が増えて、いい世の中になるはずがない。
日本が良い国になるはずがない。

政治がどうとか景気がどうとか、あるいは北朝鮮のリスクがどうとか、そういうことよりも、自分の意思で行動し、自分の未来のリスクに対してどう向き合い、どう生きていくか?

そっちのほうがよっぽど大切だって、私は思う。

家族・仲間・健康・仕事・社会貢献・趣味・地域・お金・・・・そういった人生にとって最重要な要素を総合的に捉え、かつ、人生90年時代を見据え、どのようにデザインしていくか。

それが人生にとって最も大切なことなんじゃないかと、強く思う。

たとえ高齢化社会が訪れたって、高齢者が自立して明るく元気に楽しく生きていれば、何の問題もないじゃないか!


あーあ、成功を目指すために覚悟を固める、そのための“意思確認”の重要性について触れるはずが、大きく脱線してしまった。

でも、脱線が許されるのがブログのいいところだ。

明日はしっかり、「覚悟と意思確認の関係性」について、書く。
今日のところは、

①人間は自分の意思で生きているようで、実は他者の意思で行動選択していることが多い。
②自分の意思で生きていかなければ、自分の思い描いた人生のゴールに自分を導くことが難しくなる。
③その結果、厳しくみじめな人生のエンディングを迎える確率が高まる。


この3点を共有したい。

そして明日は、意思確認をしっかり行い、自分の意思を中心に生きるようになると、バッと人生が開け、成功への覚悟も決まりやすいってことを、体験を交えて伝えていく。

それでは。


ブログは毎日書くので、お楽しみに。

                      byやすにいさん