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やすにいさんのブログ

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こんばんわ!
今日もブログを読んでくれて、ありがとう。

いま、長崎空港のスタバで書いてます。
最終20:20のフライトを待つまで、ブログを書くちょうどイイ時間。

さて、前回の「意思確認③」では、久しぶりに会った大学の同期を題材に、選択に際する意思決定、そのときの犠牲の大きさが、覚悟の大きさに比例すると結んだ。

二人はいずれも、安定やステイタスやブランドを犠牲にし、自分の意思を貫いた。と思う。

一方、私はどうであったか?
強みを見出し、それを磨き、コンサルタントとして充実した日々を過ごしていた。
処遇などに不満がないわけではなかったが、クライアントと一緒に組織改革や収益向上を目指す仕事は、自分にとってあまりにやりがいに満ちていた。

そのままサラリーマンコンサルタントでも十分だった。はずだった。

ところが、ある団体が強烈に私を魅了した。
その団体は、理念から生まれていた。しかし、長い年月を経て、社会環境が変わり、その理念の実現が果たしづらい状況になり始めていた。

理念がまずいのではなく、理念実現のためのヴィジョンの再構築が必要な状態だった(これは私の極めて個人的な見解だ。ただ、当たっていると確信する)。

私がコンサルタントとして関わったのは、その団体の中核をなす事業のひとつだった。

最初に取り組んだ時は、その事業を単体で捉えていた。
しかし、2年~3年と取り組みが長期にわたるにしたがって、徐々にその団体を全体で捉えるようになっていった。

すると、もしその団体がヴィジョンを明確化し、理念実現に向けもう一度力強く歩み始めたとしたら、日本が大きく変わっていくだろうなと、感じるようになった。

あまりにスケールの大きな、しかも空想の域を出ないレベルのことなので、最初は対して意識はしていなかった。

ただ、その団体との取り組みは定期的に行われたし、私の仕事に占めるウェイトは、徐々に増えていっていた。いきおい、日々の中でその団体について考える時間は増えていった。

そのときに、そのときに私は、こう考えたのだ。


「もしかしてこれは、自分が生涯を賭けて取り組む使命になるのかな?」


ほんとうに、なんとなく、そしてやや強引に、その団体との取り組みを自分の人生に「使命」として位置づけてみたんだ。

すると何が起こり始めたか・・・・・・・・・・。

その想いが独り歩きを初め、徐々に徐々に私の胸の内を支配するようになっていったんだ。
これには驚いた。いったん「これが自分の使命かな」と思ったときから、折に触れ私の心が私自身に問いかけ始めた。

「お前の使命は何だ?」「お前は日本を変えたいのか?」「お前はどんな未来を望んでいるんだ?」「その未来を実現できるのは誰なんだ?」「お前はいつまで他人を当てにしてるんだ」。挙句の果てには、「お前は何のために生まれてきたんだ」とまで問いかけるようになってきた。

異性を愛すると、意識しなくても、気づくとその異性のことを考えるようになる。
そういう感じだ。

気づくと自分は、いつも“自分の使命”について考えるようになっていた。そのうち、徐々に徐々に、その使命は私の中で形をなすようになってきた。

そんな一連の心理変化を、私は楽しんだ。
とても不思議な感覚だった。

それまで“使命”について考えたことなんかなかった。
ただ、仕事柄、企業の組織改革には理念や使命が大きくかかわってくるので、そういう方向でマネジメントに関する勉強はしていた。

ただその勉強はどこか他人事で、自分の人生において“使命”の影響をじっくり吟味したことなんかなかった。

「自分が使命を持つなんて・・・いいのかな?」

これが偽らざる当時の実感だった。
使命を持って生きるなんて、自分のような小者ではなく、歴史上の人物かなんかのことだって思ってたんだ。

ただ、明らかに使命について考えているときは、夢が広がり、素晴らしく充実した時間だった。


もしかして自分は、何かの使命を果たすために生まれてきたのかも。


だんだん、使命について考えることに違和感を感じなくなり、それとともに使命はゆっくりとその輪郭さえ見せ始めていった。

あ、そろそろ搭乗準備かな?

今日はここまで。
思いのほか、筆が進まなかった。

隣のお客さんが、飼い犬の去勢の話をし始めて、それが雑音になってペースを乱された!!


では次回は、形になり始めた使命を他者に話し始めたことで私の心理に生じた変化についてお伝えしていく。

ブログは毎日書くので、お楽しみに!

byやすにいさん