こんにちは、フードコーディネーター1級を保有してプランナーをしていた私、産休に入りました。
子どもの虐待ニュースだったり、件数だったり、
世間の子育て世代に対するイメージは相変わらず低下してますね…。
子どもが通う保育園は東京都の区立保育園なんですが、
この度、重要事項説明書が刷新され、
より親から訴えられないように弁護士が入って作った資料に変わりました。
署名義務も加わりました。
時代だなぁと、思いますね。
私も子を持つ親ですが、たまに
「そういう姿勢が子育て世代全般の悪いイメージに繋がるんですけど」
という親には出くわします…。
昔から、親だからと言って一人前の大人ばかりではないのは変わらないと思うんですが、
クレームとか訴訟とか、サービス提供側のリスクは大分増えている印象です。
私は大学時代に民法が科目にありましたが、
民法とか知ってしまうと子育てって結構リスクだらけなんですよね。
子を持ったら必ず家族全員が保証される賠償責任保険の加入はマストですけど、
その辺の意識も無い、
「子どもがやったことだから」が通じると思っている範囲が度を超えていたり、
「なんでウチの子どもに対して、こうしてくれないんですか」という勘違い親が多いのは何なんでしょう…。
「給食費払ってるから『いただきます』はおかしい」というクレームのせいで、
食べる前のいただきますが無くなって、給食時間は音楽が鳴るだけになった学校が実際あるというので驚きます
「だから少子化になるのも仕方ない」と単純な結論出されちゃうんですけど、
子育ては親である私たちの権利というだけだと思う。
女は子ども作らなきゃダメとか、
失言の多い政治家が言って謝ってましたが、そりゃ違うだろと思っています。
子どもを作らなくても育児自体は出来ますし、社会がそういう方向に向かっていかないといけないところまで来ているんじゃないのかな…。
自分の子どもじゃなくても、育てられる社会であれば良いだけです。
子ども自体は産まれながらに個人だし、親子は血が繋がっていると責任もありますが、個人レベルで見れば他人です。
でも、子どもにとっての親は特別なので、
「ママ、大好き💕」
という毎日の愛の告白とキスを受けていられることとか、
「ママ、可愛い❤️」
という、およそアラフォーに掛けられることない言葉を使ってくれたり、
人生で出くわしたことのないレベルのイケメン(親バカフィルター)から、
毎日愛情を注がれる権利がもらえるのが、子育てのオマケ。
第二子は女子なので、息子のようにベタベタはしてこないだろうと思いますが、
まだ産まれてもいないのに、毎日女児の服を見ているだけで相当幸せをもらってます。
そういう権利を親として受けながら、
子どもに対して自分が出来ることは何か?というのを毎日考えて悩むのが子育て。
だから、私は仕事しながら子育てしていたいです。
あなたのママは食べ物への知識と企画の仕事で、世の中のために働いてるんだよー、と、
そのうち教えながら一緒に色んなことを考えていたい。
それも私の価値観だし、権利だと思ってます。
自分の子どもでも私と同じ意見ではないのが面白くて、
そういう子どもと触れて、自分1人で得られない発見をしていたい。
いい学校に入れたいとか、成績とか、いい会社に入れたいとか、
親の欲目で子どもの幸せを定義すると、競争の中に子どもを放り込むのでお金が掛かりますが…
私は、子ども自身に自分の興味ある分野を見つけてもらいたいし、
勉強はできた方がいいけど、そんなに心配はしてません。
成功者って、学校の勉強よりも別のことで優れている人が殆どですしね。
私が子どもの頃に教えたいことでマストなのは、農業とか料理なんですよね。
農業を将来やらせるつもりはないのですが、
命が生まれる場所と、土に触れることが幼少期にはとても大切なので、
子どもに農業と触れる機会を与えるのは、子育て中の親には意識してもらうと良いかなと思います。
あとは、自分で料理を献立考えるところから出来る子が持つ「生きる力」っていうのが、実は食育分野ではかなり注目されていまして。
いただきますの原点が理解できると、心の強さからくる優しさが身につくことが分かってきました。
皮肉にも例のクレームと逆行しています。
料理自体、とてもクリエイティブですしね。
料理をイチからさせてみると、子どもは成績が良くなる、というのも分かり、
西日本を中心に小学校のカリキュラムにも料理が加わっています。
土いじりで農業をやってきた子どもはアレルギーも治りますし、
(土の中にいる多種の細菌に触れるから免疫機能が正常になるだけのことです)
勿論、野菜嫌いの克服も可能です。
野菜嫌いは9歳頃までに直らないと、一生の食生活で野菜嫌いを引きずり、太りやすい人生を送ります。
※実は義理の兄がコレ
プログラミングが小学校のカリキュラムに導入されるなど、農業や料理は学力と遠い存在のように思えますが、
早期教育なら生きる力を作ることに意識を置いて、
どんなことが子どもの人生に降りかかってきても大丈夫、な強い子にしてあげるのも親として大切かなと。
両親が、子どもの自立まで生きていられる保障はどこにもないですしね。
私には、子どもの人生を見る権利はありますが、
子どもには親を選ぶ権利がない。
育児って、自分の子どもに関わるだけが育児なのかな?と、最近は思います。
子ども食堂をしたいとは思わないけど、1人でも多くの子どもが自分の人生を歩める社会ではいてほしい。
寄付などの地味な支援はしていますが、
子どもの貧困問題や虐待の防止が、実は日本では急務なんですよね。
いじめ問題にしても、いじめる側の子どもの家庭環境に「夕食を家族と取らない」という特徴が多いのが顕著になっています。
親の責任と他人が言うのは単なる無責任で、子どもが生きる権利が無視されている社会というだけ。
親が何らかの事情で片親で、親に夜勤がある家庭などは、夕食を家族で取る環境もなく、朝食の欠食率も高く、非行の率も高い。
そして、家庭の中だけでは問題が解決できません。
子どもを通して社会を見ながら、自分に出来ることを社会に還元していくのも、育児の醍醐味なので…
第二子の育休中、また違った世界を見て学んで行きたいなと思います。
少なくとも私は、子どもができてから仕事と勉強が楽しくなりました。
トータル大変なことの方が多いけど、
ママ友たちから
「◯◯ちゃん(息子)がいてくれて本当に良かった」
と言ってもらえる我が子は、3歳で何を成し遂げている訳でなくても、既に私の誇りです。
子どもがモテるので、ママ友からの誘いも多くて楽しいですし。
友達から好かれるアイドルのような息子を見ていて、この子がそのまま育つには何がしてあげられるかなぁ…と。
保育園の連絡帳にも「今日はモテモテでした」「みんなのアイドルみたいでした」と書いてあることが度々あって、微笑ましいです
人に好かれるという素晴らしい才能を持つ我が子、親の私が尊敬しています。
外面が良くて、家では相当ワガママですけどね…、、