只今、第二子妊娠5カ月経過の妊婦です。

悪阻が妊娠悪阻まで発展し、毎日点滴で命を繋いでいました。

今は点滴までは必要ないのですが、未だに悪阻が収まらず…
全然妊婦生活楽しめておりません…涙


この三連休中、義父が他界しました。
心不全、享年89歳。

直前まで元気で健康そのものだったので、家族全員まさかという気持ちと、
夫、義兄、義母はまだ義父の死を受け入れられていない様子です。

義父には京都の実家に独身の姉、妹がいて、
姉妹の面倒は義父がみていました。

妹が、現在末期ガンで余命1カ月。
義父は京都と東京の往復をして、入院の手続きに追われていました。

そこに来て、今度は姉の入院…

片道5時間を何度も短期間で往復し、身寄りのない姉妹のために奔走していたので、心労が出たのでは、と親戚は言っています。

義兄と夫は、自分達がもっと何か出来たのではないかと悔やんでいる様子もあり、
今は寝る間を惜しんで実家の為に動いています。
私は悪阻で大して役にも立てず…。


義父は、自分の家族を養っていたのに加えて、
京都に建てた家を実母、姉、妹に住まわせ、今までずっと仕送りをし続けていた人でした。

義兄と夫は、そんな義父の姿を見て育っているからか、他人への奉仕が自然と身に付いていて、
優しい性格の持ち主で、どこにいても頼りにされるタイプ。

義兄は会社を立ち上げて、今は人の縁で世界中の仕事をしていますし、
夫はフリーランスから人の縁で今の会社に引き抜かれ、人手不足の中核を担っています(ま、要は家に帰ってこないんだけど)。

2人を見ていて、どうしたらこんな兄弟が育つんだろうと子を育てる母としては興味があったのですが。

最近、それが親の背中(環境)と遺伝だなという結論に至りました。

義父にとって生き甲斐となった我が子もじぃじが大好きで、
義父の周りには常に家族の尊敬や愛情が溢れていて。
家族の中心だった、偉大なお義父さん。

亡くなっていよいよ、義兄と夫は義父の代わりに動かなければならなくなり、その偉大さを家族で思い知っています。

京都の義父の家をどうするか、
余命1カ月の伯母のこと、
身体が不自由で身寄りのない、老人ホームが必要な叔母のこと…

もともと、京都の家は生前の義父が夫に継がせたいと言っていたので、
夫はどうにかして家を残せないかを考えているようです。

家を継ぐというのはとてもハードルが高く、まして京都の土地代は観光で高騰化する一方。
相続税を一括で払うためには相当な現金が必要ですし、
家自体も老朽化している上、この間の台風の打撃でそのままでは住むのにも貸すのにも難しく、
我が家は夫婦ともに東京で働く身…。

普通に考えると手放してしまった方が良いのですが、
連れ添ってきて夫の気持ちも分かる身なので、合理的な判断ではない、気持ちの部分も分かる。

でも、私は東京で仕事をする方がキャリアに合っているので京都に移住する気は無かったりします…。

※関西支社もある企業に勤めていますが、東京と関西では仕事のスタイルが違うので自分のスキルが活かせる職がない


義父が終えた人生に私たちは向き合い、
そして、私の子どもたちが命を繋いでいく…。

突然の事態に悲しみに暮れる時間もなく、
日々、やらなければならないことや向き合わなければいけないことの連続。

家族って忙しいですね、、

まだ死について分からない3歳児は、
遺体となった義父を笑顔で寝ていると思っているようです。

もう2度と一緒に遊べないんだよ、というのが分かる頃には、義父の記憶も子どもから消えてしまうのでは…。

今は、それがとても悲しいので、
写真やビデオに残っているじぃじの姿をこれからも見せながら、
偉大な義父に愛されていた記憶が少しでも残って、優しく育ってくれたらいいなと思います。

人には必ず寿命があって、突然大切な人を失うかもしれないし、
自分にも明日が約束されているわけではないことを、改めて現実に突きつけられていますが…

お腹の命を育むこと、今いる子どもを育てることが私の仕事なので、今はちょっと後ろ向きな夫とは別に、前を向いて行こうと思います。