ここ一週間、やたら雑多な毎日です。


社会人になってから一番雑多だと思う。


携帯に電話で仕事受けてる最中に会社の直通電話が鳴り、同時にメールが来て、

色々手配している最中に打ち合わせに呼び出されて、
打ち合わせ最中に来る電話とメールを整理して、
連絡を各所にして、企画書作って、

企画書作ってる最中にまた電話が来て、メールが来て…

あっという間に深夜になって。


なんかも~雑多としか言いようが無く。


とにかくバタバタです。


忙しい状況は今より酷かった時期も沢山ありますが、
こんなに集中出来ない状況に追い込まれたのは初めて。

「仕事請けてる間は機会と思ってやるしかない」主義ですが。


雑多な仕事に、雑多な毎日に、
「余裕無いのってどうなの」
「仕事が雑になりがちなのってどうなの」

って自問自答を繰り返したりして。



そんな毎日に思い出しているのが、以前後輩と話していた仕事論。

「よしおさん、私たちって、何で仕事するんだと思います?」

って話で、
5つ年下女子と語りました。

「何で仕事してんだろうって考えた時、
自分の選択肢を常に持つためなんだなと。
選択肢があるってことが、私の幸せなんだと思うんですよ。

仕事をしていると、自分の人生として選択肢が持てるじゃないですか」

なんて、後輩ちゃんが語ってました。


そうか、選択肢。

その時、新しい切り口だけど、
あぁ、それはそうなんだろうなって、納得しました。


最近、思い出しています。


雑多な毎日を過ごしながらも週末に山に行ける私には、
ちゃんとやりたいことを実行するっていう選択肢があって、

雑多な仕事をしながらも、それがダメだと言う人がいるわけではなく、

雑多ながらに何とかこなす毎日は、
私が仕事を請け続けるための選択肢として自分で選んだ行動なんだ、
と思って、

うん、何とかこれはこれで幸せなんだと言い聞かせたりして。


勿論、現在は他にも色んな選択肢を持って
色んな事を検討しているわけですが。


自分を可哀想な人に仕立てないよう、
幸福論と仕事論を
雑多な日々に捧げたいなって、思ったりしています。


自己完結型の、おめでたい人間ですね。


なんだかんだ、大量で困る程度に仕事を請けてるっていうのは、

この時代、ありがたいです。

雑多な日々を乗り越えたら、これから先のどんな雑多にも耐えられる自分に成長したりして?


来週は大分マシになる予定なので、
高野山の計画立てよう🎶

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