06_遠山の金城さん(1)(2) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に、沖縄人高校生サーコ(本名 比嘉麻子)と韓国人宣教師トモ(本名 キム・ジング)と帰化中国人でLGBTな“あけみさん”=リャオ、3名の恋愛模様を描くラブコメ「わたまわ(正式名称 わたしの周りの人々)」。
今回は06。サーコが高校1年生の初秋のエピソード、(3)はすでにUP済ですがその前の未公開だった箇所をUPします。お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
1.サーコ、弁護士と面会する
2-1.KNJ商事意見交換会(1)
2-2.KNJ商事意見交換会(2)

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1.サーコ、弁護士と面会する

 

ある日の夕方。トモが先に宜野湾に戻り、あたしは夕ご飯をいただいて帰るところだった。
「サーコ、ちょっと」
あけみさんがリビングへ手招きした。テーブルの上に何やら書類がある。
「実は会社の上層部から妙な話が来てね。この男、見覚えあるかって」
男の写真を見た瞬間、ぞわっと全身の毛が逆立った。
……カマキリ!
そうだ、間違いない。あの風俗バイトであたしにストーキングしてきた男。
「あの男だよね?」
あたしは頷くのがやっとだった。おもわず自分の両腕で自分の身体を抱えた。歯がカチカチ音を立てる。震えが止まらない。リャオさんが口を開く。
「この男、うちの会社になにやら怪しい取引を持ちかけているみたいなの。上層部はうさんくさいと睨んでいて、社員に情報提供を呼びかけててさ」
あたしは震えが止まらないまま、そこにただ座っていた。あたしをストーキングしたのみならず、別の悪事も働こうとしているのか。
「サーコ、あんた、警察に被害届出してたっけ?」
あたしは首を振った。当初、トモが警察へ動画を持って行ったが、担当者は動画をチェックしただけでそのまま返したそうだ。被害届は本人または親族、弁護士など限られた立場の者が提出した時のみ受理されると後で知った。ママには知られたくない一心で、あたしはトモと話し合って被害届の提出を見送っていた。
リャオさんは話を静かに聞いていたが、こう切り出した。
「サーコ、もし、うちの会社が弁護士つけてくれるって言ったら、被害届を提出する?」
「え?」
リャオさんはあたしに顔を近づけてきた。
「こんなことサーコに言ってもしょうがないんだけど、うちの会社がストーキングの加害者と取引しているってことになったら、そっちが大問題なのよ。だから上層部に報告して、弁護士つけてもらって被害届を出すのが一番いいと思うな」
「それだと、ママに知られずに済む?」
「詳しくは弁護士に当たってみるしかないけど、可能だと思う。どう?」
リャオさんはカマキリの写真を軽く指で弾き、強い口調で言った。
「サーコ、この男、牢屋にぶちこもうよ」

翌々日、リャオさんからラインに連絡があった。会社の上層部は報告にかなり驚いた様子で、是非弁護士をつけて警察に被害届を提出してほしいと言ってきたそうだ。
――女性の弁護士さんで、性犯罪被害者の救済活動にも携わっている方だそうです。費用は会社がすべて持つと言ってます。サーコの携帯番号教えてもいいですか?」
悩んだけど、ほかならぬリャオさんからのお願いなので、応じることにした。
一時間後、弁護士のヤマシロさんから電話があった。とても物腰が柔らかく丁寧な方だ。
「KNJ商事さんからご依頼を受けました。一度くわしくお話をお聞きしたいのですが、平日の夕方、事務所へいらっしゃることは可能ですか?」
コロナの影響で学校のカリキュラムは不透明だ。この話はさっさと終わらせたい。翌日夕方に弁護士さんの予約をした。

事務所は県庁近く、高校からの徒歩圏内に建つマンションの上階にあった。高校の授業を終えた後、あたしは一人エレベーターに乗って事務所のインターフォンを押した。秘書の方が出たので名前を伝え、応接間へ案内される。
大理石のテーブルの向かいにヤマシロさんがいた。立ち上がってにっこりと微笑む。弁護士というと堅い印象があったが、ヤマシロさんはなんとピンクハウスのぶわっとしたドレスを身につけていた。
「驚きました? これ、好きなんですよ。さすがに法廷には着ていけないんですけどね。さ、おかけになって!」
秘書の方が麦茶を差し出す。ヤマシロさんは被害届の書類を出した。被害者の住所、氏名、年齢、職業、被害年月日、場所、被害の模様、犯人の特徴などを書き込む欄が細かく指示されている。ヤマシロさんはパソコンに向かった。
「こちらから比嘉さんにいろいろ質問して、私が被害届を作成して警察へ提出します。よろしいですか?」
「よろしくお願いします」
あたしは供述を始めた。話しているうちに身体の震えが止まらなくなってきたが、ヤマシロさんは、くまちゃんのぬいぐるみを差し出して抱きしめるよう言ってくれた。一時間ほどで供述を終え、ヤマシロさんはこちらへ合図した。
「これで終了です。お疲れ様でした。思ったよりしっかりお話しされたので助かりました」
そして立ち上がると、あたしを玄関まで送ってくださった。
「ところで、KNJ商事さんに被害届のコピーをお渡ししてもよろしいですか? 個人情報はこちらでマスキングしますから大丈夫」
会社さんのお金で被害届を出して貰うのだ。あたしは頷き、お礼を言って事務所を後にした。

 

2-1.KNJ商事意見交換会(1)

 

そして十月最後の土曜日 昼一時半。
あたしは西町の金城商事へ呼び出された。モノレールとバスを乗り継ぎ向かうと、既に白の開襟ワイシャツに濃紺のスラックス姿のトモが先に着いていた。リャオさんはまだらしい。
「これ、届いてた」
トモが紙袋を差し出した。中身は少々大きめの箱だ。開けてみると黒いトーク帽がある。よく洋画とかの葬儀シーンに出てくる、女性が被るレース付きのやつだ。え? いまから葬儀ですか? しっかり手袋まで入ってるよ。
あ、手紙というかメモがある。何だろ、えーっと。

――サーコへ。必ずこれを身につけてできる限り後方座席に座ってください。
  くれぐれも目立たぬよう、あまり動き回らないこと。

  周囲との会話は厳禁、トモとの会話も必要最小限で。
  何が起きても会議では決して発言しないように。私は遅れます。L――

Lというのはリャオさんの略字だ。相変わらずの達筆。今日は二時から会議とか言ってたけど。なぜあたしがここに来る必要があるの? 微妙にミステリアスな気もするが、言われたとおりにしよう。
あたしは大人しくトーク帽を被りレースの部分を顔に掛け、手袋とマスクをして後方へ座った。手袋からはほんのりラベンダーの香りがした。箱はちゃんと紙袋に片付けて、邪魔にならぬよう座席の下に置く。
トモは会議室そばの廊下に出てずっと立ったまま、外を眺めている。あたしと会話する気は無いらしい。

クーラーが掛かり始め、部屋中の窓が開放される。社員達だろうか。ビジネストークをしながら二十人くらい大勢でやってきて、入口で消毒液を手にすり込み、間隔を開けて座った。みんなマスクをしている。鞄から筆記具やラップトップを取り出す方達が多い。あたしの側にも誰かやってきた、
「こちら、空いてますか?」
「どうぞ」
会話はこれだけだった。この方はスマートフォンでなにやら検索に忙しそう。みなさん、仕事していらっしゃるんだ。高校生のあたしにはまだまだ縁遠い世界。
前方に目をやる。座席は半分以上埋まっている。会議なので前列左端にホワイトボード。こちら側に向いた一つのテーブル、座席が三つ。真ん中にプロジェクターが用意され、スクリーンが降りていた。残りの座席はみな、ホワイトボードに向かって座ることになる。

そしてあたしは、ホワイトボードの真ん前に座っている人物の後ろ姿を見て愕然とした。
あれは、カマキリ。間違いない。嘘でしょ? あたしが昔、風俗のバイトで相手をした男がどうしてここに? やだ、身体が震えてきた。手袋をした手をぎゅっと握りしめる。ドアに目をやるがまだリャオさんは姿を見せない。


(Photo by Jesus Kiteque on Unsplash)

 

午後二時。部屋の前のドアから三名の男性が姿を現した。会社の偉い方々なのだろう。みなネクタイを締め、高価なビジネススーツに身を固めている。うわ、真ん中の少々若い男性が着てる紺のスーツ、アルマーニだよね? えー! テレビでしか見たことないよ!
「では、副社長が参りましたので会議を始めます」
ああ。なるほど。副社長か。どうりで、いい服着てるんだ。黒縁のメガネを掛け、張りのある声でなにやら資料をめくりつつパワーポイントでプレゼンを始めました。貿易収支の報告みたいです。円グラフや棒グラフが出ているのは分かりますが何がどうなっているのかはさっぱりわかりません。

あたしは、ちらりとカマキリを見た。熱心にメモを取っている。あまり見ると身体が震えるので、あたしはできるだけ意識をプレゼンへ向けた。それにしてもビジネスマンって大した仕事だ。住む世界が違うんだろうな。
やがてプレゼンが終了し、副社長は着席。別の役員が立ち上がって今度はホワイトボードで説明を始めた。
あたしはドアに目をやる。リャオさんはまだ姿を見せず、トモも会議室へは入ってこない。

会議開始から三十分以上経った。質疑応答の時間のようだ。カマキリが挙手した。
「どうもこんにちは、初めまして。おせわになっておりますスタンドミルズのワタナベです」
そうか、カマキリ、あんたはワタナベという名前だったのか。交差点であたしに抱きついてきたときのことを思い出し、軽い吐き気を覚えるが、できる限り動かないよう言われているので手で握りこぶしを作って耐える。
ねえ、一体何が起きてるの? どうしてあたしは、ここに座っていなくちゃいけないの?

ワタナベはしゃがれた声でなにやら文句を言っているようだ。副社長の分析は残念ながら見通しが甘い、もっと新規事業を開拓して商品の流通を図れとかなんとか。言っている意味があたしにはわからないが、社員のみなさんは納得していらっしゃるのか。
副社長がちらりと左腕の時計を見ながら質問に答えた。ワタナベさんのおっしゃることはもっともです、しかし、新規事業に投資するためには資金が……云々。それにしても会議開始から四十分超えたよ? あたし、いつまで座っているんだろ?

 

2-2.KNJ商事意見交換会(2)

 

「ところで、ワタナベさん。以前、私とどちらかでお会いしましたよね?」
「いえ、私はこちらの会社へ伺うのは初めてです。副社長とお目に掛かるのも初めてでして」
「そうでしたか。では、こちらから質問が二、三ございまして。是非ご回答頂きたいのですが」
副社長が話題を変えてきた。彼はメガネに手をやりながら書類に目を通している。
「スタンドミルズさんの売り上げ高が現時点で前年度の百二十パーセントなんですよね?」
ワタナベは待ってましたとばかりに、貸し付け業績が大幅に増え増収に繋がったと力説した。が、副社長が尋ねた。
「本当ですか? 弊社と取引しております第二シスコムさんが、スタンドミルズさんへ多額の貸し付けを行っているとの報告がございまして」
会場がざわつく。高校生のあたしでもわかるよ、それ、少し変よね。
「第二シスコムさんはスタンドミルズさんから支払いを二度延期された、とおっしゃっているんですが、どうなんでしょうか? まさか、粉飾決算なさっていらっしゃるわけじゃないですよね?」
ワタナベはしどろもどろだ。副社長は顔色を変えず、尋ねた。
「ワタナベさん、もう一つよろしいでしょうか」
そしてうろたえるワタナベに何ら躊躇せず話を進める。
「少々言いづらいんですが、ワタナベさん、女子高校生をストーキングして那覇署から警告を受けていらっしゃるとの情報が当社に入っております。是非、ご説明頂きたい」
ぎくっ。どうして、その事が話題に? 会場がざわめいた。ワタナベがうろたえる。
「な、なんだそんな根も葉もない事。心外ですぞ。この会社はくだらないウワサで個人を誹謗中傷して、利益をかすめ取ろうというのですか?」

頭にかーっと血が上る。なにが誹謗中傷よ、カマキリ、あんたあたしをつけていたじゃないの! トモやリャオさんが助けてくれたから良かったものの、彼らがいなかったら今頃あたしは……。
怒鳴りたい気持ちを、ぎゅっと両膝を両手の平で握って我慢する。
ねえ、どうしてトモは入室してこないの? どうしてリャオさんは遅れているの? あたし、いつまで黙って座ってなくちゃならないの?

「被害者のA子さんによる被害届を一部引用します。当時私は金銭的に厳しい経済状況にあり、高校生活を続行できるかどうか危機感をもっておりました。やむなく4月にクラブローズスペースにおいて、客に上半身の衣服を脱いだ姿を視聴させるサービスに登録し、ワタナベ氏など男性5、6名がそのサービスを利用しました。私はクラブローズスペースのオーナーから来店ごとに給金を受け取り合計10日ほど勤務をしましたが、客人であるワタナベ氏から執拗なストーカー行為を受け精神的にダメージを受けました。そして本年5月9日午後11時ごろワタナベ氏はいつものようにストーカー行為を行い、国際通りの浮島交差点付近で私の背後から抱きつき、私の胸を触りました」
副社長は被害届のコピーをひらひらさせた。
「事実でしたら、ほぼ間違いなく強制わいせつ罪の適用になります」
「わ、私がそんなことするわけないだろ! おかしいぞこの会社は?」
会場は一層ざわざわしてきた。副社長は問いかける。
「では、ワタナベさんは、えん罪だとおっしゃるんですね?」
「当たり前じゃないですか」
ふーむ。副社長は大きく息をして、問いかけた。
「ワタナベさん、本当に私と会うの、今日が初めてでしたっけ?」
「先ほども答えました。私はこちらの会社へ伺うのは初めてで、副社長にお目に掛かるのも初めてです」
「本当に?」
そう言って副社長はワタナベの顔を正面から見据えつつ、胸ポケットから薄べったい何か取り出した。
「これは、私の車についているカーナビのメモリカードです。私は5月9日午後11時ごろ、ちょうど事務所を出発して浮島通りを通りかかりました。すると、ワタナベさんが横断歩道の前でA子さんにちょうど抱きついていたところでして、カーナビには当時の模様がはっきりと記録されております、すでに那覇署に映像のコピーを提出済みです」
会場がどよめいた。ワタナベは首を振る。
「し、知らない。私は、あ、あなたなんかに会ってない」
すると、副社長は急に満面の笑みを浮かべた。
「そうかな?」
彼はゆっくりと黒縁のメガネを外してテーブルに置き、高めのトーンで叫んだ。
「私はコロナの客を接待した。私は濃厚接触者」
そして、右の人差し指をワタナベに向けた。
「あんたも私と濃厚接触者!」

……え? え、えええ? まさしくあのとき、あたしの前に繰り広げられた光景だ。つまり、そ、そういうことなの?

ワタナベが叫ぶ。
「こ、こ、コロナ女!」
副社長は立ち上がり、再び胸ポケットから取り出した。ICレコーダーだ。にっこりして言った。
「言質、取りました」
そして副社長、いや、リャオさんは机にバンと音を立てて両手をつき、ワタナベに向かって怒鳴った。
「私、PCR検査は陰性だったんだからね。コロナ女だなんて言い草、名誉毀損罪よ!」
会議室は騒然となった。ワタナベは後ずさり、いきなり会議室から逃走しようとした。しかし、開け放った扉の前には、トモがいた。彼は怒ってる。怒髪天を衝くって言葉があるが、それを体現したかのようだ。彼は一言一言かみしめるように言った。
「ワタナベさん、警察行く前に私からも是非申し上げたいことがありまして」
そして、トモの身体が宙に舞った。次の瞬間、鈍い音を立てて彼のティミョパンデトルリョチャギ(飛び後ろ回し蹴り)がワタナベの顔面に炸裂し、倒れた。

パアアアーーーとサイレン音が響き渡る。パトカーだ。警察が来たんだ。
社員達がみな立ち上がり、わいわい言ってる。瞬く間に警察官が3名、いや4名、会議室に入ってきてカマキリを連行していった。
((3)へつづく)

 

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小説「わたまわ(わたしの周りの人々)」を書いています。

 

ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲

 

「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:一部exblogへ飛ぶリンクもあります。
「わたまわ」ナナメ読みのススメ(1) ×LGBT(あらすじなど) /当小説ナナメ読みのススメ(2) ×the Rolling Stones, and more/当小説ナナメ読みのススメ(3)×キジムナー(?)/【ネタバレ】「わたまわ」ナナメ読みのススメ(4) +ameblo掲載450件おめでとうといわれた話