大ちゃんの引退会見から10日。
「もう」なのか。
「まだ」なのか。
今日は、この10日間の気持ちを書き残しておこうと思う。
10月14日の朝、会社に行こうと立ち上がったその瞬間。
「男子フィギュアスケートの髙橋大輔さんが引退の意向を固めました。」
頭が真っ白になった。手が震えた。足が動かなくなった。…どうやって会社に行ったのか、全く覚えていない。
でも、あのときのアナウンサーの声や言葉はハッキリと覚えている。
ぶわっ
と涙が溜まった。
と涙が溜まった。でも、引っ込めた。…引っ込むのか?
と言うか、大ちゃんの言葉を聞くまでは泣いちゃいけないような気がした。
それから数日間。
私は全ての情報を遮断した。
録画しまくったHDDも、コンビニで買いあさった新聞も、毎日の楽しみであったブログもインスタも何もかも。
見れなかったわけじゃない。
見たくなかったわけでもない。
見なかった。
実はその頃、シェリーはもうほとんど自分ではご飯を食べなくなっていた。目に見えて痩せていき、足も一気に弱くなった時期だった。家族は誰も口には出さなかったけど、みんなそれぞれの心の中で色々な覚悟をしたのは、おそらくこの頃だと思う。
私たちの思いに応えるように、必死で生きようとしているシェリー。一生懸命に命の戦いをしているシェリー。
そんなシェリーの側で、私は大ちゃんを思って泣きたくはなかったのだ。
初めて引退会見を見たのは18日。
週末だからとかではない。
自分が情報を遮断していても会社の人や家族、友達から入ってくる情報の多さに、ちゃんと大ちゃんの言葉を聞かなければダメだと思ったから。
眠っているシェリーにくっついて、撮り溜めていたDVDを全部見た。
テレビは大ちゃんを賞賛し、「もったいない」「驚いた」「残念だ」「復帰の可能性もある」と繰り返す。そしてどの番組も最後は「清々しいスッキリとした笑顔だった」とまとめていた。
私は違和感を覚えながら、それをぼーっと聞いていた。
もったいないとかじゃない。
驚いたとかじゃない。
残念とかじゃない。
復帰の可能性があるとかじゃない。
そして残念なことに、私にはスッキリと清々しい笑顔には見えなかった。
悲しいとか寂しいとかショックとかでもない。…なんて言うのか、怒りにも似たような感情だった。そのときの気持ちを表現する言葉は見つからない。
思わず、
大ちゃんのバガッ!
って呟いたのは覚えてる

ごめんね、大ちゃん。もちろん大ちゃんはバカじゃないよ。
でも、私は泣かなかった。
シェリーが1番大事。
大ちゃんよりも、シェリーが大事。
体力も精神力も感情も時間も、全てはシェリーのためにあった。
シェリーが旅立ち、改めて大ちゃんの引退のことを考えてみよう。
…という気持ちにはまだなれない。
でも、シェリーが大ちゃんの分の涙も持って行ってくれたのかもしれないなとは思っている。
あれだけ怖かった大ちゃんの引退を、今は受け入れられている気がする。
大ちゃんの好きなようにしたらいい。
大ちゃんが思ってることが正しい。
私は今までと変わらずに大ちゃんが大好きで、応援していくだけ。
そう思っている。
もしかしたら今はもっと悲しい現実があるからなのかもしれない。これからガクーンてくるのかもしれない。いつか泣く日がくるのかもしれない。
でも、それはそれでいい。
そのときにまた頑張ろうと思う。
大ちゃん。
私は大ちゃんの引退よりもシェリーのことが大事だったよ。そうキッパリ思える自分でよかったよ。
大ちゃんの引退とは、これからゆっくり向き合って行くつもり。随分遅れを取ってしまったけれど。
だから大ちゃんはゆっくり休みつつ、お膝の完治を目指しつつ、これからの夢を探していてね。
それから、コメントやメッセージ、メールをいただいたたくさんの方へ。
みなさんのあたたかい気持ちにはワタクシ、泣きました

引退会見の前日、何も知らずに引退についてやりとりしていたTさんが、倉敷での嬉しい情報(個人的なモノ)をメッセージで送ってくださった優しさに泣いてしまってからというものの、毎日のように更新していたブログが停まっていることで心配してくれた方、倉敷で浮かれてきた私が奈落の底に落とされたのではないかと気にかけてくださった方、共に乗り越えようと励ましてくださった方。泣きましたー。
そして、シェリーのことでは本当に優しいコメントをいただきました。
この場でお礼を言わせてください。
本当に、ありがとうございました。
夢のような倉敷旅行から一転。苦しい毎日を過ごしていた私ですが、みなさんからのあたたかい言葉に、本気で救われた毎日でした。
私は大丈夫です。
大好きなシェリーと、大好きな大ちゃんのことですもの。
乗り越えてみせますとも

どっちが先にこのポーズだったんだろう写真。

