
広島へ
だって~、毎日のように大ちゃんの写真をブログに貼っている毎日だったのに、ご無沙汰ちゃんな気がして、寂しくなっちゃったんだもーん。
…はい、頑張るです。
早朝の宮島をお散歩したあとは、菊乃家さんに戻って朝ごはんっ

部屋の中、暑くなったし…。
電気代、ごめんなさい…。
そして、宮島水族館へ。
いたいた。
とぅるん
としてて可愛い。
としてて可愛い。いつも笑顔のスナメリちゃんだった

大願寺とか。
宮島は素晴らしい島だったよ。
ただ、残念なことが3つ。
1つ目は、観光客が多過ぎる。
人が多過ぎて、景色を見ながらのんびり歩くことがなかなか許されない。すぐ人にぶつかっちゃうのでね、景色より人を気にして歩かなきゃならない。
これはもうどうしようもないし、お互い様なことなんだけどね。
2つ目は、お店の閉まるのが早い。
夜の景色も楽しめるところなので、遅くまで観光客はいっぱい歩いているのに、6時~8時くらいで閉店の店がほとんど。夕方に宮島inしてモタモタしてると、食べるところもお土産やさんもすごく限られちゃうの。
そして3つ目は、この島の「人対応」はあまり感じが良くなかった
これは観光地としてはNGでしょう。
これは観光地としてはNGでしょう。やっぱり商売目的で移り住んできた人とか、仕事で住民票を取らずに交代制とかで住んでいる人が多いから?
もしかして、倉敷があったか過ぎたからなのか?
お店で道を尋ねても、◯◯は売ってますか?って聞いても、お金にならないとわかった途端に表情まで変わる人がいる。杖をついたおばあちゃんを邪魔そうに扱う人がいる。お客さんがレジで「キレイな島ですねぇ。」って話しかけたら「私ら見慣れてますから。」とぶっきら棒に返事する人がいる。
…だめじゃん

もちろんすべての人がそうではないのだけれど、あれじゃあ島全体の印象を悪くしちゃうのにと思う。
そんな少し残念な感想はあるけど。
でもやっぱり宮島に来て良かった。
一生忘れられない素晴らしき景色と建造物に、日常では得られない感動があったし、仕事で疲れた体とやさぐれた心を十分過ぎるほど癒してくれた。
またいつか、来れたらいいな。
ありがとう、宮島!
しばらくここに住みたいよーと思いつつ、お昼頃には宮島を発った。
次に向かうは広島市街。
高速で、宮島口から広島まで。
まずは、縮景園。
広島藩浅野氏初代藩主の別邸で、歴代の浅野氏が愛したという日本庭園。今は県に寄贈されているらしい。日本の歴史公園100選に入っている場所。
なんか手だけ真っ赤っかで、最初奇妙な虫かと思ってビックリしたわー。
夕照庵(せきしょうあん)という茅葺屋根の茶室。原爆で焼失したものが復元されたらしい。
原爆で生き残った木は3本?て書いてあった気がする。これはイチョウ。
日本の伝統、日本の心。こういう庭園にくると、大事だなぁって思うんだ。
続いては、広島城。
原爆ドーム。
元々はこんな建物だったんだね。
建物の大半が焼け落ちたんだ…。
説明しながら見せてる写真が、テレビでは絶対放送できないような強烈な写真ばかりで、最後まで聞けなかった。
高度を感知し、起爆装置として原爆投下に使われた八木アンテナ。改めて、日本人が発明したものが、日本に悲劇をもたらしたというのは、なんて悲しい話なんだろうなと思った。発明者の八木秀次氏は、戦犯として辛い思いもしたみたいだね。本来であれば拍手喝采を浴びるような大発明であって、何も悪いことなどしてないのにね。辛かっただろうな…。

公園内は隅っこに行かないとほとんど日陰もないし、マジで熱射病を恐れながら歩いてたわぁ~

どんだけ怖かっただろうか、痛かっただろうか、苦しんだだろうか。一生懸命頑張ってこの世に生まれてきて、これから何10年もあったであろう未来を一瞬にして奪われた。楽しい思いはしたのだろうか。…やり切れない。
私たちは何不自由のない時代の日本に生まれて育ってきた。でもこの豊かさは、原爆という悲劇を国が経験し、犠牲になった人たちの思いがあるからこそなんだと思った。1日1日を、ちゃんとしっかり大切に生きて行かなきゃいけないよね。
もう2度と戦争なんかしちゃいかん。
絶対に戦争なんかしちゃいかんね。
…広島は美しく、切ない街だった。
さて、全国200万人の皆様、お待たせいたしました!なぜ200万人という数字?
ここから再び倉敷に戻りますっ!
美観地区見るのだ~!それに帰りは神戸空港から帰るから、倉敷からの方が大分近くて楽なんだよね。
と言いながら、旅の〆はやはり倉敷がいいってことでしょ!
でも…、明日ね 



明日は旅行記、いよいよ最終回っ

多分、大丈夫。多分ね。
to be continued…









足早ではあるけれど、結局あちこち見て回ってしまった。






















