
倉敷 その5
大ちゃんはとにかく負けず嫌い。頑張っていた姿が焼きついて離れない。朝来れば大ちゃんがいる。夜にも大ちゃんがいる。おにぎりを食べる大ちゃんがいる。色んな大ちゃんがここにはいる。
そして、いよいよ広島へと旅立つ頃。
楽園ハンバーグでお腹いっぱいになった後に向かったのは、大ちゃんがスケート人生を歩み始めた場所。
ヘルスピア倉敷。
なんか、建物が見える前からじぃーんときちゃった。やっぱりここはものすごく特別な場所だなーって思った。
小さな町の坂の上に、静かにそっと建っているスケートリンク

泣き虫で弱虫で臆病な、幼い大ちゃんが毎日遅くまで練習していた場所。
未来の自分が日の丸を背負うことになるだろうとは思いもせず、ただただ楽しんでスケートをしていたんだよね。
ここが大ちゃんのスケートの原点なのだと思ったら、足がすくんじゃって

簡単に中に入ることはできなかった

遠目に眺めてるうちに、泣けてくる。
大ちゃんにとってのスケートは、いつから楽しいだけじゃなくなっちゃったのかな。あんなに大好きで一途に向き合ってきたスケートに苦しめられたときは、どんなに辛かったんだろうな。
なぜだかそんなことばかり考えて、玄関に辿り着くまでに何分かかったろ。
気持ちを切り替えて、やっと中へ。
お出迎えしてくれたのは、ちっさい大ちゃんだった。まじでちっさいの!
この小ささに、なんかツボった私

笑かしてくれてありがと、大ちゃん

さすがファンを喜ばせる天才

同時に大ちゃんの写真やらパネルやらが、どーんと目に飛び込んできた。
が、はやる気持ちを抑えて、まずは受付けにご挨拶を。「どうぞ、ゆっくり見ていってください。」と言っていただいたので、早速…



この中、どこを見ても大ちゃんだらけで、なんだかもにょもにょしたよ

はぁ~





いくら見ても飽きないね、大ちゃん

現在のスケートリンクはこんな感じ。
前にここを訪れたブロガーさんの写真からは、かなり工事が進んだ様子。
とてもキレイになっていたよ。
大ちゃんは、ここがなかったらスケートはしていなかったって言ってたね。小さな頃の思い出はスケートしかないくらいとも言っていた。それくらい、ここのリンクは大ちゃんにとって思いの詰まっている場所なんだなぁ。
あ、いかんいかん、また泣ける

この椅子見てたら、アイスメイク担当の石井さんの言葉を思い出した。
大ちゃんはとにかく負けず嫌い。頑張っていた姿が焼きついて離れない。朝来れば大ちゃんがいる。夜にも大ちゃんがいる。おにぎりを食べる大ちゃんがいる。色んな大ちゃんがここにはいる。小さな大ちゃんは、この椅子に座っておにぎり食べたり、スケート靴を履いたりしていたのかなぁ

ここは、色んな大ちゃんを感じる。
本当にそんな場所だったよ。
工事中でだれもスケートをしているわけじゃないけど、目をつぶっていたら氷を削る音が聞こえるような気さえするから不思議だよね。
奥の更衣室には今は何もないかと思っていたのに、いたよ、いた!
大ちゃんがここにもいた。工事が終わったらまた、飾られるのだろうね。
ここに一時避難してきてるのね。
20年後はこうなってるのよ



さて…、長くなってしまったけれど、あと少しだから書いちゃおう!
少しおセンチにならずにはいられないヘルスピアを後にして、向かったところは翠松高校~!
でも、無理はせずに外観だけ拝んで行くことにした。
グランドにはもんのすごい数の生徒がいてビックリ!校門のところにいた先生に許可をいただいて、写真撮影。
日本一になっても有名人になっても、大ちゃんは何ひとつ変わらなかった。
スケートの有名な学校に行かなかったのは、お母さんの思いがあったと聞いたことがある。この街で、この学校で、家族の近くで高校生時代を過ごして良かったよね、大ちゃん

最後に訪れた場所は、倉敷成人病センター 南くらしき病院。
そう、大ちゃんが産声をあげた場所。
15年くらい前に現在のようなガラス張りのハイカラな
建物に姿を変えたらしいけど、この場所には違いない。
建物に姿を変えたらしいけど、この場所には違いない。日本中に大きな希望や喜びを与える役割を担った大ちゃんの誕生の地。
建物が大き過ぎるので、向かい側の歩道からが撮影ポイント。
と、倉敷コンシェルジュの方に習ったのだった

さてー。これでようやく旅行記は広島へと旅立つことができるらしい。
長々と、長々と!大ちゃんゆかりの地について書いてきて、いつも以上のいいね!をいただいて嬉しかったー

あ、でも実はまた倉敷に戻ってくる。
だって、美観地区、見てないもん

取り敢えず明日は、15時くらいに倉敷を発つところから、一気に宮島に行っちゃうよ~ん

to be continued…





















