けいとが通ってた幼稚園はお寺が経営していたから、仏教の教育だったんだけど、年に一度、道外から、同じ宗派の偉いお坊さんがきて、説法?をしていてね。
子供が通っていれば、保護者は檀家じゃなくてもそれに参加できるのね。
年少の時に、報恩講という行事のあとに行われた説法に参加してみたんだよね。
その時偉いお坊さんが話してくれた話の中に、
仏教では、人を愛すること、親が子を愛することすらも、罪となる
て言ってたのね。
大昔のとても偉い人。誰だっけなぁ😣空海とか弘法大師とかそのレベルの人が書いた書に記されてたみたいなんだけど、それ聞いたとき目からウロコだったんだよね。
でも、今はその意味がわかる気がする。
簡単に言えば、何かに固執する心は自分本位の欲でしかない。
のかなと思ったんだ。
なんとなくね。生活していて、
あ、こういうことか、、、
て、気付きがたくさんある。
まだまだうまく説明できないんだけど、生きてる中で、
こういうことか。
て、なるんだ。
例え愛する我が子であっても、彼は彼で一人の人間。
自分の本当の試練のときには、親だって介入しちゃだめ。
頼らないで一人で自分に勝てたとき。気づけたとき。越えたとき。認めたとき。
それを積み重ねて、
本当の意味での親からの自立。
精神の自立。
魂の自立。
に、繋がるんだと思っています。
親として手助けが必要なときは見守って導くけどね😌
心の葛藤。超えなければいけない時が、ちゃんとみんなにやってくるから😌
辛いことを経験して超える人もいれば、普通に生活していて気付いて務める人もいる。
その仏教の書に記されていた事も、愛しちゃいけないんじゃなくて、愛することは罪。と。
だからといって、度を越えなければいいという問題でもないんだよね。
うん。
わかる気がする。
けいとには、産まれたまだ赤ちゃんだった頃から、一人の人格としてそういう角度でみている事が多い。
そうしていれば、自分の子供だからと親に従わせようとしたり。
期待しすぎたり。
気付かないうちに子供を追い詰めることがなくなると思う。
子供だけじゃなく、周りのものすべてに、違いをすんなりと受け入れる心を忘れないで生きたい。