病院に入った初日や数日は、会話もして意識もはっきり。
だったのが、あっという間に言葉も離せなくなり指一本、目をあけることも困難に。
ご家族の方々病院に来てくださいの電話で両親は病院へ。
私はケイトのお迎いへ。
でも最期の時かまだわからないけど、もう一度会いたい。
こんな時期だけど、父が病院に伝えると、いいですよとのことで、父が帰宅。
けいとをみてもらって、私は車で病院に向かいました。
あぁ、もうこれは最期の時だ。
見た瞬間思いました。
どうにか、看取りたい。最期の時ここにいたい。
目を閉じて、ただただ浅く呼吸をしてる。
母を祖父の横に座らせ、私はその横で椅子に座っていました。
母に、話しかけなさい。多分そろそろだから。
と、何を話すかわからないという母に、私はささやきおかみになっていました。
お礼と、私や娘や孫たちや親族みんなの名前をだして、みんな元気に過ごしてるよ、安心してね大丈夫だから
と言って安心させなさいと伝えました。
そして私が病室についてから1時間半ほどで、祖父は逝きました。
途中レントゲン検査で部屋から出て外を見ていると、いつも見えないものを感じる頭の上のあたりみたいな場所に、祖父が出てきました。
その時に、
あぁ、ここに出てくると言う事は、もう本当に逝ってしまうんだな。
肉体と魂が離脱しているんだな。。。
そして祖父は何故か車椅子に乗っている姿で出てきました。
おじいちゃん。なんか言うことはある?
と聞くと、
あるある、みっちゃんに言っておいてほしいことがある。
みっちゃんとは私の母。つまり祖父の一人娘です。血は繋がっていませんが。
きっと何かこれだけは伝えたいってのがあるんだな。
何を伝える?と聞くと、
体に気をつけなさい。みんなもね、たかちゃんも
と聞こえてきました。
それだけ?😳そんなこと?!😳
と思いながら、横にいた母に伝え、
重要なこと言われるかと思ったらいつも言ってるような普通のことだし笑
と、二人で笑いました。
そしてまた病室に戻り、母は笑いながら話しかけています。
母は少し変な人で、一人でいるのにげらげら笑ったりお葬式でもあはははと笑ったりします。
私が子供の頃、いきなり大笑いする母をみて、友達に何度か心配されたりからかわれたりしました。
今亡くなるという父親を見ながらも、心拍数が乱れてピコンピコンとブザーがなる度に、
ちょっとおとうさん、何派手にやってんの笑
なんて言いながらまじで笑うものだから、私も横で笑っていました。
そんな笑いの中、いよいよ下顎呼吸が激しくなってきたので、
あ、おじいちゃんほんとにそろそろいくわ。最期の時お礼いいな
と母に促すと、
おとうさんあんたほんとにいくのかい?98まで生きて、頑張りすぎだよ笑
100までいきなよなんなら、あと2年!あと2年がんばんなよあはははは
とまた笑う横で私は、
え、このしんどそうな状態のまま今にもいきそうなのに、まだ2年頑張らす気なのかこの人😳鬼だわ👹
とか思ってすぐ、心拍数やらなにやらの機械が激しく乱れだしました。
ほらほらさすがのおじいちゃんもこのままあと2年なんて無理じゃーーーーー!といわんばかりじゃないか。
と思いました🙁
そして、秋田の話とか、毎年年末に親族みんな集めて食べたきりたんぽとかの話をしなさい
と母に言うと、母は、
あ、そうだそうだ、おとうさん、きりたんぽ食べたねー、みんな毎年食べたね。おとうさんの故郷秋田だからね、秋田から送られてきてねたくさんの材料がね。みんなで食べたねー。おじいちゃん覚えてるかい?あきたの、、、
と、ここまで言って、笑いながら話していた母は、私も初めて見るくらい大声で泣き出しました。
でも祖父は、秋田の話になると、ずっとつぶっていた目を開きました。そしてこちらをじっと見ています。
腕も少し動かそうとします。
あぁ、やっぱ秋田の故郷。家族。おじいちゃんにとっての力なんだなぁと、私も少し泣きそうに。いや。無表情だったけど、涙はぼたぼた落ちてた。
そして3分ほどして、手を握りなさいと母にいい、私は目の前のもう骨のような足をさすりました。
それから更に3分ほど。先生や看護師さんたちが入ってきました。
すると母は、しんだんですか?心臓とまったんですか?となきながらききます。
先生たちは死んだとか心臓が止まっただとか、言わないようにしているんですね。
ただ優しい顔で、なんとも言えない顔で、こちらの心を察してくれているのが伝わりました。
そのうちに、最期の深呼吸をして、体が硬直してわずかに動き出し、そして固まったので、
もう、おわったよ。でもまだ聞こえるから最後にお礼をいいな。
と言うと、先生が、
心電図はこうなりましたけど、まだ耳は聴こえていると言われています。
と。
そして、周りの看護師さんが、最後の段取りに入ろうとすると、先生が、
まだ。まだ、聴こえてるから。
と、最後の最後の時間を大切にしてくれました。
そして、ご家族は他にはいいのですか?あわせたい方がいるなら宣告はみなさん揃ってからにしますよ
と言うので、私はそこでおいとまして、父親と交代することにしました。
急いで病院から出て車に乗り込み、一人になったから存分に寂しさを味わおうと思った途端。。。
思いもよらないことがおきました。
それはまた次で