うだうだを満喫できました。
あぁ幸せ。
夜ご飯を作り終えるとホッとしますねぇ
今日は明日の家事プランを立てて後は眠たくなるまでうだうだしてよー(・ω・)ノ
夕方2世帯同居するじーさんばーさんの部屋に行きましたら、
さっきテレビでやってたぞ。昔何回かのぼったことあるけど、明日カムイ山行かないか?
とかじーさんが言ってた。
今思えば私も幼稚園児くらいの頃は滝だの山だの連れまわされていたかも。
じいさんて登山とか好きなのか?滝は好きぽいけどさ。
へぇ今気付いたわ。でも山は虫がいるから嫌いだ。海がいい。
っていつも言ってるけどなぁ。謎。
カムイ山。登りたいけどね。なんか今日うちのワンのソラが歩けなくなってね。
目も見えてない、耳も聞こえない、ふらふらと歩けばいちこちに頭をぶつけて歩く。
そんなよぼよぼおばーちゃんなんだけど、ついに立ち上がれなくなってね。
ばーさんに、ちょっとみにきてくれと頼まれ行ってみると、立ちたいのに立てなくて震えながらないてるソラ。
とりあえず抱っこするけど、立てなくて少し立ってもすぐに前足後ろ足がぺたーとなってしまう状況に、そらは少しパニックになってる。
たたなくていんだからさー、大丈夫大丈夫(・ω・)ノ
と抱っこして落ち着かせ、いつものクッションの上に座らせて、私の足で支えながら撫でていました。
おばーちゃんになってよぼよぼになってもさー。可愛いくてたまらないわ。可愛い可愛い可愛い可愛い。
と、頭にキスしまくっていたら、
お腹すいた、、、
みたいな感じがした。
おなか、すいた、、、
みたいな感じが伝わってきたよ。
まだご飯の時間じゃないけど、ばーさんがいつものご飯を作ってたくさん出したら、よぼよぼなのにものすごいいきおいでがっついてあっという間に食べたわ。
すごいね。よぼよぼで、目の前にご飯のお皿出してもどこにあるのかわからなくてふがふがしてさ。お腹を支えてないとご飯食べながらでんぐり返りみたいに転がって目を回しちゃうんだ。
そんなよぼよぼなのに、ご飯の時だけはものすごいいきおいでがっつく。
ほんといつも感じるけど、どんな姿になっても、体が悲鳴をあげていても、それでも生きようと精一杯生きることを全うしようとする姿は、涙が出そうになるほどの力強さと尊敬が絶えません。
これが生き物の本当の姿だと尊敬しかありません。
たくさんの命を頂いて人は今生きてます。そんな自分を無碍にしたり。
生きることを自分でやめたり。
そうした行為は、今まで自分を生かしてくれてきたたくさんの命の冒涜ではないかと。
私は考えます。
生きたくても殺されて食べられる命あるものたちへの最悪の行為なのではないかと。
あくまで、私はそう考えます。
けいとにも、食べることから、生きることを教えています。
だから、自ら命をたった人や、いつも自分を馬鹿にしたり蔑んで生きている人をみると、哀しく、切なくなります。
当人にしかわからない、計り知れない苦しみに蝕まれていたのかと思うと、哀しくて悔しくもなります。
が、
が、
他人に気持ちを持って行かれると、上の方が、
止めます。
基本的には、何事も、この世では、
己との対峙
が、とても大切だと。
けいとが生まれた頃から、それまで以上に、ネガティヴな事件や事故のニュースを見るたびに心が痛くなり毎日泣いていました。
我が子という愛の象徴のようなものがすぐ側にいる事で、余計に悲しさや辛さが入り込んでくるようになりました。
特に子供が犠牲になる事故事件はたまりませんでした。
でも、そういうことも陰の事実として知らなければだめだ。
と、何故か目を背けたらだめだと思いながら受け入れることを選んでいました。
でも辛いなぁどうしたもんかなぁ。
なんて日々を数年過ごしていましたが、今年の3月に上の方の言葉がダイレクトに届くようになり、そういう時、私の悲しい思いを止めるようになりました。
必要以上に人のことを思いすぎるな
という言葉を伝えてきました。
そのお陰で、その後色々な事がわかるようになりました。
色々な謎が解けました。
生きやすくなりました。
人を助けたいと思う前に、まずは己ですね。
心も体もいつも健やかに生きられることを目標に生き抜くことを、私は誓います。
さぁさぁ。寝る準備して、毎夜恒例のけいととのトランプ対決しますか。
その後。。。
こっそりピノ食べようかな(・ω・)ノ