Love is a many splendored thing いうのは、1955年の古い映画なんだが、邦題は「慕情」といいます。
直訳したら、「愛はとても素晴らしいもの」、とでもなりましょうが、昔の配給会社の人たちは、粋な邦題を考えたものです。
有名な曲ですね
原作の本があって、実体験に基づく映画化でして、舞台は香港、時代は1949年という設定なんだが、この映画の最初のほうで、我が子を売って医療費を支払おうとする母親に、ヒロインの女医が「この子を売ってはいけないわ」、と諭す場面があったりします。
1949年いうたら中国がまだ内戦してた頃で、やがて毛沢東率いる共産党が蒋介石の国民党を追い出して、中国本土を占領するという、日本の義務教育の先生方が大喜びする結果に至るわけですが、当時British colonyだった香港でもまだまだ貧しく、その程度の人権意識だったということは、銘記しておいてよいと思われます。
況や当時の中国本土や朝鮮半島に於いておや・・・・
後の時代の価値観で、昔を裁くのは正当ではありませんね。(参考)
それぞれの時代を懸命に生きた先達に、ましてや同胞であればより一層の、敬意を払うのがマトモな人間の当然持つべき良識というものです。
駅前で赤紙配るオバサンとか、前のエントリーの「アベ政治を許さない」の人たちとかには、そんなことは微塵も期待できそうではありませんね。
25年くらい前のこと、生き方上手な人たちが多く住む大阪のとあるターミナル駅で、エスカレーターの上りと下りで、それはあたかも吉田栄作(当時)か誰かのドラマのように、旧知の、ひとつ年上のある女性とすれ違ったことがありました。
「もう誰も愛さない」主題歌
後年、仕事上の集まりでその女性と再会したとき、エスカレーターでの邂逅の話になって、「あの時は慕情が聴こえてきたわ!」と言われたのを思い出しました。
こちらは劇的な「慕情」
先月のエントリーにある、耳をすませばライムライトが聴こえる哀しい道化、いうのはその時の応え(いらへ)でして、我ながら映画に映画で返した、なかなかの当意即妙だったと自負しております。
その女性から今年きた年賀状には、「見事な返し技を、いまでも幾つか覚えてる」、と書いてありました。
ウィットに富んだ会話ができてこそ、人間関係は面白いというものですね。