このオッサンの父親は、読書家で性格の優しい人だったんだが、生涯を通じてほぼ最低賃金だった人でしたな。
母親だって年中、内職とかで苦労していましたから、夫婦ゲンカの理由は大抵、「お金がない!どうする!?」、いうことでしたな。
両親が夫婦ゲンカ中だと家に帰るのも気が進まないし、かといって家の中に居ても落ち着かず、何やらこの世に自分の居場所がないような気分がしたものです。
家計的に毎月毎月がサバイバル状態な家でしたから、その昔、このオッサンが大学入学したとき、入学金と最初の授業料でもう完全にお手上げ状態なので、「後は自分でバイトして生きていってやっ!」、って言われました。
もちろんその時のカネだって、実はあちこちで借り集めたものだったんだが、当時はいわゆるバブル期でして、一介の大学生でも塾やら家庭教師のバイトしたら、月15万くらいは稼げましたから、10代にしていきなり、一家の稼ぎ頭になってしまいましたな。
学費の自弁だけではなく、両親の生活費まで稼いでくるスーパー大学生だったわけなんだが、この構図はその後もずっと続いて、母親の他界をもってようやく終わっております。
そういった生い立ちもありまして、このオッサン、頑張って自分の力で生きてきた、という意識が人並み以上に強くあるわけなので、自分の考え・信念を否定されることは、死ぬことよりも辛く感じるわけです。
本当は悲しくてもうすら笑いを浮かべては道化者を演じている(参照)ような人生ですと、自分の命というものにさえ、たいして愛着が持てなかったりするものです。
というわけで、このオッサンに関しては、大病を得たらそこで終了でOKです。
錠剤くらいなら飲みますが、点滴とか手術とか、ましてや人工呼吸とか、謹んでご辞退申しあげます。
ついでに、戒名も葬儀もいっさい不要です。
焼いたあとの残骸は、そのまま斎場で全部始末してもらって何ら不満ございません。
働き続けた人生、何か恨みを残すとしたら、それは本邦の基地外な税制にだけですから。
タイトルは the end だけど、ここのブログは終わりませんよ、念のため。



