うんと若い頃に損害保険の仕事をしていたことがありまして、その関係で交通事故後の示談交渉には少々詳しかったりするわけです。

 

示談交渉の席にも何度も立ち合いましたが、父親同伴でウソ泣きするDQNの加害者兄ちゃんとか、鬼の首とったような勢いで恫喝してくる被害者サンの家族とか、それはそれは様々な人間模様でしたな。

 

事故の中でもかなりの割合を占める、追突とか出合いがしらの低速衝突とかは、同じ人間が何度もやらかすという傾向がありまして、根底には安全というものに対する考え方の決定的な違いがあるわけです。

 

 決定的な違い

 

異常に短い車間距離を速度とは無関係に、信仰めいた信念でもって自己のデフォに設定していたり、或いは病的な軽率っぷりで注意力が致命的に欠乏していたり、こういった人物たちが保険料に大した割増もなく何度も繰り返す小さな事故を、何年にもわたって殆ど無事故無違反な大勢が支えている、というのが自動車保険いう制度ですから、残念ながら悔し涙を拭いて我慢するしかありませんね。

 

もう30年近くも前のこと、ガソリンスタンドから出た途端に、傘をさして自転車に乗ってた無職の青年と接触して転倒させてしまい、その後さんざん恫喝された挙句に200万円毟られた親戚がいたんだが、その時折れたのは傘の骨だけでして、青年の身体には擦り傷ひとつありませんでしたな。

 

無職だったはずが、いつのまにか日給1万円で親元で働いていたことになっていたりで、人というものは目の前に濡れ手に粟な不労所得がチラつくと途端に浅ましくなるものです。

 

事故の中には相手方が自賠責だけの場合もけっこうあったりしまして、その場合の物損補償などは修羅場になりがちでしたな。

 

任意保険に入らないなら、運転しちゃあいけないっていうんですか!などと、声を荒げる人が男女を問わずいましたが、その通りじゃヴォケ!って内心思いながらも淡々と交渉を進めた結果はやはり、被害者側の泣き寝入りで終わるケースばかりでしたね。

 

証言っていうものはその真偽を問わず、時間とともに曖昧になることが不可避なものでして、長く残るのは信仰めいた確信と強い自己肯定だけなんだが、中には初めっから真っ赤な嘘なのに、いつのまにか嘘ついてる本人が病的に信じ込んじゃってる場面なんかがあったりしまして、もはや自分のウソに自分が騙されてる狂気じみた姿なわけです。

 

 もうわけわかんないし

 

まあ、似たような話は宗教とかマルチとか、さらには某隣国との関係で、現在進行形で存在してますね。

 

 

で、日本の司法が定めた人命の公定価格は3000万円です。

 

というのは、自賠責の死亡保障がその額面だからです。

 

ナマポだって自動車所有していいって司法判断があって、それらの車両は当然、任意保険などナシですから、必然的に前述の額面が確定します。

 

その一方で自称何かの「被害者」サンが、様々な手練手管を弄し、人権派弁護士とか圧力団体、メディア内のシンパ、ねっとわーくw、大阪地裁wといったお仲間をフル動員して、慰謝料めいた損害賠償をマトモな人間や組織を相手に執拗に要求し続ければ、うまくいきますと億の額面が非課税でゲットできちゃいます。

 

健康のためなら死んでもいい、とかいう笑い話に似た、人権>>>人命、いう嗤い話ですな。

 

胸糞判決とかでググったら、いろんな例が見つかりますよ。

 

事件は現場で起きる!

 

で、長くなったので親戚ではなくてこのオッサン自身が、交通事故で200万円毟られた話はまた次回(日付未定)。