先週(R2.7.4)、KBS京都で昭和37年の映画「銀座の恋の物語」が放送されていたので、このオッサン、最後までずっと見ましたよ。

 

石原裕次郎と浅丘ルリ子が共演する記憶喪失もので、ラストはヒロインが玩具のピアノで、馴染みのメロディ(もちろん、「銀座の恋の物語」)を弾くんだが、幾ら押さえても壊れてでない音がある。

 

そこに裕次郎が「銀座の恋の物語」を唄いながら帰ってくる、その瞬間、失われていた記憶が啄木的短歌の奔流のように一気に取り戻される、というメロドラマな内容です。

 

 

同じ二人の共演で、「世界を賭ける恋」いうのがありまして、こちらは昭和34年の作品です。

 

裕次郎がデザインの勉強で海外に留学していて、帰国寸前にヒロインが亡くなってしまう、という悲恋ものなんだが、死因はなんと「肺結核」です。


この時代、肺結核での死亡は特に珍しくもなかったわけですね。

 

 

うちの母親なんかは、「結核で死なはるのは、綺麗な人が多かった。私みたいなへちゃ(不美人の意)は結核には罹らしまへんのや」、とか言うてました。

 

早朝から薬局に行列してはマスク買い占めたり、買い物カゴに多数確保しては、友人に電話する老人を見たのは、ほんの数か月前のことでした。

 

肺結核が猖獗を極めた時代を生き抜いて、老いては「ピンピンコロリ」とか言ってたはずの老人たちの、浅ましい姿にはなかなか味わい深いものがありました。


幕末の志士たちやそれに続く明治の人たちとか、いまよりも命が短かった時代を果敢に生きた人たちには、魅力的な人物が多いように思われます。

 

きっと命を惜しむような生きざまには、本来的にあまり魅力がないのでしょうね。
 

昨今のコロナ流行によって、人それぞれの生き様、人間模様といったものが鮮やかにあぶりだされて、これまた味わい深いものです。
 

どの程度流行するのか、いつ収束するのやら、まだまだ未知数ではありますが、とりあえず、生き残った人たちが次の新しい時代を担うということだけは、確実ですね。