命 | お茶の間老婆の戯言

お茶の間老婆の戯言

テレビ番組を主に感じたことを気儘に綴る
基本、芸能人・スポーツ選手・著名人は敬称略
真央ちゃん(浅田真央)とマリちゃん(元アイドル)を自己中に見守るお茶の間族

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11年前の今日、東日本大震災によって多くの人の命が奪われた。

今でも元の生活に戻れない人々や、心に深い傷を負って生きる人々がいる。

その後も世界各地で自然災害は起こり、人々の命や生活を脅かしている。

昨年からは世界的に新型コロナウイルスが猛威を振るい、今なお続いている。

10年後に予想される自然破壊を防ぐために、SDGsが人々に認知されはじめ、

今こそ世界中の人々が1つになって協力し合うべき時だというのに、

ロシアのウクライナに対する戦争。

どうしてこんなことになるのだろう。

 

私は政治に詳しいわけではないし、特に海外の政治経済についてはほとんどわかっていない。

でも、何の罪もない人々の命を奪うこと、まして弱者が存在する病院を攻撃するなんて、

人として絶対にしてはいけないことだということはわかる。

いくら上からの命令とはいえ、ロシア兵はどんな気持ちで攻撃したのだろう。

ロシアにはロシアの言い分があるのだとしても、なぜ武力行使したのか。

日本も近隣諸国と領土問題を抱えているので、こんな事態が起こる可能性はある。

どんなに話し合いで解決をと望んでも、相手が武力行使すれば当然“正当防衛”はする。

世界中のほとんどの人が戦争反対を唱えているが、

一部の権力者とそれに従う人々によって戦争は起こりうることなのだ。

 

理不尽に人の命が奪われるのは災害や戦争だけではない。

世界のどこかで、もちろん日本国内でも殺人事件は毎日のように起こっている。

もし自分の命が狙われたら、と時々考えることがある。

相手が拳銃を持っていたら太刀打ちは出来ないけれど、もし刃物だったら、

多少武道の心得がある私はきっと応戦すると思う。

でもその時に、冷静に相手の急所を外して打ち据えることができるかというと自信はない。

もしそれで相手の命を奪ってしまったら“過剰防衛”になってしまうのか・・

というよりも、私は一生“人を殺した”という罪悪感にさいなまれるのではないかと思う。

ただ守ったのが自分の命ではなく家族の命だったとしたら、

きっと家族の命を守ったという気持ちの方が優先して罪悪感は薄れるような気がする。

 

人の心は複雑だ。

どんなに「戦争反対」と思っていても、状況によって変化してしまう。

 

今日も虐待によって命を奪われた子供のニュース。

親の立場である私には到底理解できない許し難いことだ。

 

病と闘う人がいれば、自ら命を絶つ人もいる。

 

命は大切 かけがえのない命