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Fuck and Shit

朝起きて、顔をあらって、ご飯を食べて、仕事して、お風呂につかって、次の日のためにベッドで眠る。

そんな日常が、うれしかったり、さみしかったり、悲しかったり、退屈だったり、愛おしかったり。

本日は記念すべき日です。


産まれて初めてゼクシィを買いました、私です。



恋人に「私たちって、正式に一緒に住まないの?」と適当な質問を投げかけた数日前の朝、

彼は一瞬とまったように「え?」と私の顔を見た。

「いや、だって、3ヶ月くらいダラダラしてるけど失業期間終わるしさ、どーすんの」とできあがったお弁当をふろしきで包みながら聞くと、

「うん、そうだよね…」と一瞬とめてた朝ご飯の咀嚼を再開させて、

「よし、正式に婚約しよう。」と言ったあと、

「ってことでいいのかな…?」とおどけていた。


でも具体的に結婚って、どーすりゃいいの?何すりゃいいの?とりあえず指輪はオーダーしてるから、あとは両親の顔合わせ?

どのくらい前にするの?普通ってどんな流れになってるわけ?

誰に何をしたらいいの?HAVE TO リスト的なもののってるんじゃないの?

妊娠したらまずたまひよ買うでしょ、だったら結婚するときはやっぱりゼクシィじゃないの?と購入に踏み切ったのが、髪の毛を切ったあとのことです。



レジで弁当の本とゼクシィを持ちながら、「あぁ、ついにこの日が来るとは…」となかなか感慨深いような、恥ずかしいような複雑な感情。


家に帰宅し彼に「今日は驚くべきものを購入しました…」と言うと速攻「ゼクシィでしょ、あたり?ねぇ、あたり??」と当てられ、

少し嫌な顔をする恋人にの鼻先に、ジャジャジャジャーーーーン!と無用なテンションの高さで雑誌をつきだすと、
「式も挙げないのにどーすんの、なんか為になることが書いてあるわけ?」と彼は妙に冷静だった。

「わかんないけどっ、みんな結婚するってなったらこれ買ってるもん、なんか良いこと書いてあるんでしょうよっ」と言い放ってペラリとページをめくってみたものの、

結婚式に関する情報は盛りだくさんでしたが、結婚式を挙げないカップル向けの雑誌ではなかった。

しょぼん…そうだったんだ、ゼクシィ。あまりに知識がないゆえに、勝手に裏切られた気分に。



彼が帰ったあと(今日は私は自宅にいる)、ぺらりぺらりとゆっくり初めてのゼクシィをめくってみたけど、

どんなステキな結婚式場を見ようが、ドレスを見ようが、お料理の写真を見ようが、私の胸はまったくときめかない。

こんなにも雑誌好きな私が、ゼクシィに書いてあることに興味ないのは自分でも意外な発見だったし、

結婚を控えたカップル(主に女性)は、このゼクシィを見て、本当に心躍ったりするのかと想像するとなんとなく気分が悪くなった。


「満足度200%の会場選び」「ものがたりの始まり」「結婚式の人を幸せにするパワー」「おもてなしアイデア」「結婚式 なりたい自分をかなえる」「心うばわれる花嫁になる」「みんなに見てもらいたい花嫁姿」エトセトラ。


どの準備について考えてみても、気が遠くなるくらい苦痛に思え、

げんなりした顔でほおづえをついて雑誌をめくる私に、
母は「食べ物の好き嫌いみたいに、そういうのがダメって人だって中にはいるんじゃないの。別にいいんじゃない、披露宴なんてしなくても、お母さんは身内だけの結婚式だけ挙げてくれば、あとはやらないほうが面倒なくていい」と救いの言葉をかけてくれた。


周囲の結婚式をあげた私の友人たちと、私はいったい、どこがどう違うのか?

結婚が嫌なわけじゃない。結婚式が嫌な訳でもまったくない。

だけど、自分の結婚式で、いそいそとひな壇にあがり、にこにこと自分の写真などを見ながら涙するのは想像しただけで目をそむけたくなる。うっすらと吐き気すらする。

過去にはステキなウェディングドレスとカラードレスで登場し、両親の手紙なんかで周囲を泣かせ、なんの曲で入場するかなんて妄想も激しくしたこともあったのに、

一体全体この数年の間に、あたしに何が起こったというんだ…

なんてことを悶々と考えて、ブログ書きながらやっと気づいた。



たくさんの人に祝福してもらい、周囲の人に感謝の気持ちを伝え、成長を喜んでもらい、今後の生活の門出について誓い合う、見つめあう、確かめあう。

素晴らしいと思うし、できれば私もそうするのが正しいような、とてもいいことだと思ってる。



だけど私は、もしかしたら自信がないのかもしれない。


自信なんて必要ないよ、何言ってるのって言われそうだけど、
自信がないというよりも、結婚生活や結婚というもの、人生の区切りというものに対して、特別な意識や心意気がびくりするほど無いのかもしれない。



先日、恋人の元カノが盛大に結婚式を挙げ、その写真をFBとインスタグラムとついでにLINEのタイムランにまでアップし、

アルバムには「○○をどーのこーので工夫しました」「みんなに○○らしい結婚式だって言ってもらえたことがとっても嬉しかった」「堅苦しい雰囲気をなくすために○○にしました」「引き出物も一つずつ自分たちで選んで梱包しました」「○○って感じの式にしたかったので」「準備はどーのこーの」「あれはあーだこーだ」なんて逐一こまかい自分の、自分たちが行った、自分たちが感じた、結婚式に関する詳しいコメントをつけているのを見て、

結婚式への明確なビジョン、結婚に対するイメージ化、自己実現、自己アピール、自己評価他者評価、しあわせの価値観、好きなもの、しあわせへの決意、生活において志、過去への深い感謝、結婚する自分たちへの期待など、とてつもない執着というか、パワーを感じた。


私はその写真を恋人といっしょに見てて、「な、なんかすごいね…」とかぼけっと素直にコメントしてたんだけど、
それまで夢にまで見るくらい持ってた元カノへのこだわりというか執着はすーっと消えていって、

そのときは「もうどーでもいいや」くらいにしか思ってなかったけど、
あのときの感情の消化を今になって考察するに、私は彼女がちゃんと結婚したからこれで安心ね!とか言う理由で安心したなどの理由ではなく、「あ、この人私とまったく違うタイプの人なんだ」と思ったからだった。



私は「結婚」するからといって、そのような志も、心意気も、なんにもないから、

そんななんにもない自分と彼を、人様に披露なんてしたくないのだ。

元気に披露できるものもななんて、がっかりするほど、何もないのだ。



ゼクシィが揺るぎない視線で求めるものは、決意表明や感謝の気持ちなどの自己表現で、私は雑誌が求めることに答えられる回答を持ってない。

それはまるで分からないことをたくさん問いただされて、テストのときに教科書を必死になって追う高校生の自分みたいに。



たいして覚悟もないし、明日が続くだけのみたいな、普通の、しあわせな毎日を、ドラマティックに演出できるようなセンスもない、上手にやり過ごせるほど大人でもない、30歳になるけどあいかわらずとことんしょーもない私。

きっとそういうのも「女子力」と言われる種類の力なのかもしれないですね。



ゼクシィみて気分悪くなった自分にちょっと笑えるよな。

ゼクシィ見て気分悪くなってる私を、笑ってくれる恋人と家族でよかった。


こんなことをブログに書いたら「あんた不幸になるよ、そんな覚悟じゃだめだよ」「結婚てそんな甘いもんじゃないんだよ」「そんなこと言ってるうちは結婚しない方がいいよ」と呪いかけられそうですが、

こんな自分でもなんとか信頼できる恋人ができたし、家族も縁切らないであたたかく見守ってくれてるし、愛ある友人たちには感謝してこの先も生活しよ。


さて、長くなったけどおやすみなさい。


ああ、今日は色んなこと考えて、なんだか疲れた。


私にとって結婚は、「就職」とか「引っ越し」とかと同じ、大きなイベント、単なる自分の選択肢の一つに等しい。

結婚するのが目標なんじゃなくって、ただただ死ぬときに、明日死んでも、病気になっても、
あたしって、しあわせな人生だなって思うために生活してるんだと思う。


無職のくせに物欲がおさまりません、私です。

先日のカンボジア旅行に行ったとき、免税店に立ち寄った私たちは、ここぞとばかりに化粧品を買った。

ここぞとばかりに、なんて書いてるけど、自分(無職)の範囲内でってことですよ。


ランコムのマスカラ下地(こってりボリューム系でまつげ美容液入り)3本セット1Pと、イブサンローランのリップと、クリニークのリップと、シャネルのパレットです。

けっこう買ったよね?普通?普通の人ってどのくらい免税店で化粧品買うのかしら?


とにかくテンションあがりました。イブサンローランのリップなんて、なんつーつけ心地なんだ!!

あたしのかわいいくちびるに、するりとした衝撃がはしる!!!


えーと、なんだっけ、

北海道に帰ってきて、おしゃれなパンプスやおしゃれなワンピースなどは不要になったので購入していませんが、だけどTPOに合った靴はそりゃあ欲しいです。

この-10度が真冬の日常となる極寒の地で、いったいどんな靴を履いたらいいのか…

極寒、カナダ、アラスカ、ブーツ、レディース、みたいな感じで検索してみようか。


 
コートももちろん問題です。

この-10度が真冬の日常となる極寒の地で、いったいどんなコートを着たらいいのか…

極寒、コート、おしゃれ、で検索してみようか…



とりあえず秋物の服ほしいなぁ。何枚かでいいんだよなぁ。もう11月まで東京に行く予定ないしなぁ。という性欲の欲求不満に加えて、物欲の欲求不満でダブルパンチ。懲りない私です。

秋になるとフリースばっかり着てKEENのサンダルばっかり履いてる恋人に「もうちょっと気を使ってほしい…、昔のあなたはどこにいっちゃったの」と素直に伝えると、

「あんたこそまだ東京にいるつもりになってるんじゃないの」と返される有様。とほほ、がっくり。


生活は徐々に慣れてきたけど、そういうところは慣れるのか…?
いや考えてみたらこっちで生まれ育ってもそれなんだからきっと一生そうだよな。がっくり。



まぁ服とかはとりあえず去年買ったエースたちがいるからちょっと我慢しておいといて、いまは食卓テーブルにおく椅子をしつこく探しているところ。

1脚は有名なウェグナーの「Yチェア」を買おうと思ってたけど、おしゃれなテーブルに種類の違う椅子を買うのはある種の夢だったので検討しているのです。

家具選びって楽しい。夢がどんどん広がる。


この前札幌で、久しぶりに大学の友人とあって、流れで近くでのんでいた彼女の同級生(男子3人)と合流したんだけど、

その中の一人に椅子をデザインしている人がいて、縁あって相談に乗ってくれています。


椅子デザイナーの彼のおすすめもあって、モーエンセンのJ39に8割がた決めた。恋人には相談しません。だって私が買うんだもの

ってゆうか、「家具デザイナー」ってゆうと無条件にエイダンのこと思い出しちゃって、それだけでもう大分素敵にみえるのよね。あたしって根っからのミーハーね!

$Fuck and Shit

素敵だよねぇ。ペーパーコードは黒でお願いしようかな。こちらは1脚6万円。


親切なデザイナーの彼は、
「家具は財産だから持ってて損にはならないし、納得するまで探して悩んだらいいと思うよ。高い買い物だし、ゆっくり考えて」なんて超イケメン風なメールを送ってくれ、

うぐ、超素敵なんですけど、ちっくしょ、彼氏がいるからなぁ、いなきゃ押してるかもなぁ、と少し悔やみました。

そうして親切なイケメンメールにちょっとグッと来てる自分に、あれ、そうやってほかの男性のこと、ちーんまりも思ったのもすっごく久しぶりで、

3ヶ月たって、そういう余裕も出たんだな、私、と思った。気が多いのは父親ゆずりだから、別に結婚しても子ども生んでも、もしかしたら変化しないのかもしれません。

いっしょう恋愛地獄でじたばたする可能性もあるのか…。しかも以外と高いという。やだなぁ、気をつけよう。


椅子を選んでて、いつか買って手に入れたいと願っている、モーエンセンのスパニッシュ。

今年は30歳記念に、スパニッシュと悩んでロレックスを買ったから、今してる500円玉貯金のお金がたまったら、堂々とあのパーソナルチェを買いたい。


さて、そろそろしょーもない物欲の話を長々と書いてないで寝ようかな。

今日は久しぶりに友人に触発されて、ひとりキャンドルナイト。香りはイランイラン。

恋人はソファで眠りこけているので、あと1時間起きてこなかったら約束ってゆうか、予定通りパズドラのデータを消す予定。



おやすみなさい~

明日は美容室なので、「今のりんかみたいな髪型にしてください」って史上最強に恥ずかしいオーダーをしようかと思ってます。

初めての美容室でイメージ伝えるの難しいよね。


寝る前にちょっとゾゾ見てねよ…
今日は整体に行きました、私です。


6月で仕事をやめて、いま9月になったところだから、そろそろ丸3ヶ月がたちました。

人は3ヶ月くらいたつと、生活環境に慣れてくるね。


環境が急に変わり、戸惑い混乱し、3ヶ月かけて落ち着いたあと、気になってくるのはまた新たな変化。

6月に注文した指輪はまだ完成しておらず、焦ってないから別に大丈夫なんだけど、そろそろ今後のことが気になる、

だって9月で失業保険が終わるから、そろそろ本気で仕事のことも考えなくちゃいけない日々がせまってるし、

ちゃんと一緒に住むんだったら、仕事のない9月中に荷物などの移動はしてしまいたい。


いろんなことが次々に変化していくことにストレスを感じているのは私だけではなくて彼も一緒のはず。


だったら…

だったら…

だったらね、そろそろね、3ヶ月もたったんだし、あなたも落ち着いたよね?

だったらね、そろそろね、決めるところちゃんと決めてちょうだいよ…?



脅しになってはいけない。脅迫になってはいけない。猛攻になってはいけない。


ただ、私もそろそろ9月になったし、自分の生活ちゃんとしたい。


そう思ったのは、父の具合があんまり良くないからです。



病気の父親から、再度入院の連絡があり、どうやら心臓に水がたまり、また入院しているそう。

化学療法が2クールめのお休み中で、治療の効果を判定するための検査を行っての発見だったから、つまりは化学療法はたいして効果がなく、

もっと言うと良くなってないばかりか、案の定悪くなっている様子である。


カンボジアの旅行から帰宅した日、千歳空港の荷物引き取り場で母から「パパまた入院したらしいよ!」と軽い語尾のメールが来て、くたくたに疲れて家に帰りたかったけど、

そういや私が仕事やめて地元に帰ってきたのって、父親のことちゃんと見送ろうと思ったからだったんだった…、別に彼氏とセックチュしたり、カンボジア行くために仕事やめたんじゃなかった…と自分を立て直して面会に行った。

千歳空港から札幌市内は電車で約40分

札幌駅からは友人の恋人が病院まで送ってくれた。



3週間ぶりに会う父親は、一見前と変わらない様子だったけど、胸のところに管が入っていた。


治療の経過についての説明を父親の口から聞きながら、私は「葬式どうする?」ってことを確認したかったけど、

だけどいくら癌っていったって、悪くなったとしても仮にまだ治療を諦めてないんだったとしたら、この質問以上に生きる目標を削ぎ落とすことないなぁ…

だけどもし、脳に転移して、いろいろなことがあやふやになったとしたら、大事なことは決めておかないとなぁ、って言ってもその場合は私たちの判断で好きなようにしたらいいのかなぁ

なんてことを考えて、でも誰にも聞けないなぁと思った。



考えてみれば父親とちゃんと話したことは、私の人生の中で初めての経験で、

小さい頃離婚した母親からは「いつ会ってもいいよ、別に、あんたの父親なんだし」と言われていたけど、自分から会いたいと言ったこともなければ、向こうから私に積極的に連絡をくれることもなかったので、

本当にここ10年くらいは会ったことがなかった。


病院についてナースセンターに顔を出し、「談話室にいらっしゃると思いますよ」と教えてもらい、私は旅行でぐだぐだに疲れた身体をひきずる感じで父親の元に歩いていった。

父親は私の顔を見ると「おぉ、コーヒーでも買え」と小さな小銭入れを渡されて、私は小さな子どもに戻ったように、言われたままカップのコーヒーを買いに行く。

調子どーなの、なんて話ながら、彼の、父親の、恋の話、母の浮気話、仕事のこと、昔した喧嘩の話、韓国のカジノで大勝ちしたこと、絶世の美女を抱いた話、昔の女性関係、カツラをかぶってた時代のこと、酔っぱらって女を連れ込んでハッと起きたらカツラがずれてて焦ってなおしたこと、

その他いろいろ、たくさんのことを、父親が笑顔で、いきいきと話す様子をコーヒーを片手に聞きながら、

あぁ、私は、兄は、間違いなくこの人の子どもなんだなぁと確信する。

全然会ったことなかったのに、全く話したことないのに、

そうか、そうだよな、私が母親に似ていると同じ分だけ、私は父親に似ているんだ。


この人が話すこと、かつて水商売で生計をたて、賭博で捕まり、母に浮気されて離婚し、その後も女性関係が後をたたないこのどうしようもない、だけどどうしてか、どうしてか憎めないこの父親の血を、私はひいている。

この人の人生、残りの人生、俺はさんざん好きなことやったからよ、いいんだよ、まぁ悔いのない人生だったなぁ、と言いながらも、最後までけっこうつらい治療を選択したこの父の人生、

今まで何も、それこそ父親にお金をかけてもらったのは入院してから面会時に買ってもらう甘い味のコーヒーくらいで、

まったくもって関わってこなかった私が面倒を見るのは少し癪だけど、だけどしかたない、この人と母親の間に生まれてしまった、と少し明るい気持ちで思った。


父親から何も得たこと無いと思い続けた私が、大人になってこんな気分になり、テーブルを挟み、コーヒーを飲みながら彼のライフヒストリーを聞くことも、きっと今後家庭をつくっていくであろう私医の人生に、少なからず、だけど間違いなくいい方向で影響するといいな、なんて考えながら。



父親が死んだ後、私はどんな気分なんだろう。


小さな頃の思い出を、大事にしたつもりはないけど結果的に印象深く覚えてるように、札幌のあの病院の談話室で、甘いコーヒーを片手に笑い合ったことを、思い出したりする日がくるんだろうか




そういうわけで、そんなこともあり、北海道に来てかいがいしく恋人の朝ご飯の支度から弁当づくり、夕飯作りや部屋の掃除・犬の世話など、専業主婦生活を送ってたけど、

そろそろまた動き出す準備しなくっちゃなぁ、と思いはじめたので、本日は整体に行った、という訳です。



私が無職の期間に整えたことといえば、風疹のワクチンを接種し、子宮がんの検診をうけ、歯のホワイトニングを行い、ヨガをはじめ、そして今度は骨盤とO脚の矯正をするべく整体へ。

仕事していたときに余裕がなくてしたかったこと全部、ちゃんと整えてから、次のステップに進みたい。



無職の夏休みから帰国しました、私です。

今年はカンボジアへ。

行きたい国一位はインドでしたけど、旅行を決めるときはインドの治安がちょっと悪くて、特に女性は今年はやめたほうがいいのでは?とかいう根拠があるんだか無いんだか分かんないような周囲の脅しによりあきらめ、

金銭的にも値段がちょうどいい(10万くらい)カンボジアに行きました。


旅行記を書くのは苦手というか、あんまり好きじゃないんだけど、報告程度に。



カンボジアは私が思ってたよりずっとずっと貧しい国で、全然発展してなくて、あたしは何か、よく分からないけど、ちょっと勘違いをしてたんだな、と思った。


中心地には大きなビルがあると思ったし、ある程度道路は引かれてると想像してたけど、アンコールワットがある町、シェムリアップには大きな道路は2本しかなくて、

それもアスファルトはごく一部で、あとは赤土の道だった。


遠く離れた町はまだ井戸で水をくんで、薪で炊事をしているようだったし、子供は全裸で、小さなうちから重い荷物を持って働いてた。

余ってるものなんて何もなくて、ただあたしたちのような観光客が宿泊してるホテルの周りだけが不自然に整っていて、

「恵まれない子どもに寄付を」なんてよく見る文字が、あぁこういうことだったのか、と理解したのは今回が初めての経験だったと思う。


あたしは当然みたいに日本に生まれて、日本で育ち、日本で働いて、日本には東京があって、

カンボジアの目の前に広がる光景を、ガタゴトとゆれるトゥクトゥクの車内から眺めながら、東京の景色、新宿・渋谷・お台場、そのほかいろいろ、いろんな場所を思い出してみたけど、同じ世界だってことが、すごく不思議だった。



アンコール遺跡はすばらしく、あの密林に入った冒険者が見つけたときの感動などを想像したり、

500年以上も前に建設された建物と、美しい彫刻を眺めながら、人のちからってのは昔からとんでもないな…と関心しました。あ、感動か。いや、関心だわ。


一応バックパックの経験もあるくせに、気を抜きすぎてまんまとだまされたり、

へぼい英語でその場をやりすごしたりとちょっとしたハプニングもありましたが、なんだかとても内容の濃い3日間でした。


いや、やっぱり、世界は広いなぁ。


自分で行かないと分からないことばっかりね。



今回本当に久しぶりにツアーで回ったんだけど、いいところも悪いところも実感できた。


やっぱり個人旅行が、自由で楽しいね。無駄な体力を多く消費する場面はどうしてもあるけど。


ということで明日からまた日常生活。


なんつってる間にもう9月で、いつのまにか秋になってるし(北海道は18度)、無職期間もあと1ヶ月だし、自分なりに充実した日々を過ごそう。



生理前症候群到来。

ぐは。



先日から発狂イライラ防止行動をとるために実家に帰省していましたが、本日は恋人がお休みということで実家に行ったり、用事を済ませたりいろいろしてたらいつの間にかソファで寝てしまってこんな時間。

うぅぅ、眼鏡が実家だからコンタクトレンズがつらい…

恋人も私につられて寝てしまって、だから文句も言えないし、家事ボイコットしてたけど、しょうがないから明日はお弁当つくろう。



あぁ、もうどうにもこうにも体調が悪い。

最低だ。

精神的にもへろへろに弱り、イライラし、何かと傷つき、そして無気力。

からだは何とも言えない重苦しさで、あまりのしんどさに泣きそうになる



という症状は別にいま始まったわけではなく、一人暮らしのときも続いてたんだけど、

だけども自分の生理前症候群なんぞで周囲の人々(主に職場関係)に迷惑かけちゃいかん!なんていう自制心が働いていたので、

ちまちまとブログで発散するか、

友人に「もうサイテーなの」なんて電話するか、

あとは散財するかのどれかで対処してた。



いまは恋人にやつあたってます。ふふふ、私です。




気分が深く落ち込むときは決まって生理の前。

友人とは「もうサイテー」なんて話の前に、生理はいつか確認するほどポピュラーな出来事なんだけど、やっぱり男性はあんまり知らないものなんですかね?

夢精について女性が無知なのといっしょ?

夢精前の精神状態なんてサイテーだぞ、お前、理解しろ、なんて突然言われても「!!?」(金田一少年)って感じよね。


この前からイライラしっぱなしの私に恋人は昼食中に「なんかさー、今日も感じ悪いしさー、毎月こんなんだったらめんどくせーって思っちゃう」なんて当然とも言える発言を繰り出すが、

その一言にも深く傷つき(ナイーブ期だから)「なによ、人がこんなにしんどいのに、理解してくれないなんてバカ、ひどいっ、最低っ、冷血っ、ぐちぐちッ」みたいなことをぐちぐち思う生理前症候群の私。


距離が近いひとと一緒にいるとよけいしんどい。
自分の精神状態が崩壊して、どどどーって甘えちゃうみたいで。


一応女性のホルモン周期と精神状態と、男性のそれについての対処方法をまとめた表を持ってたので見せると、

牛のホルモン周期を専門としてる恋人は、女性のホルモン周期にも興味があるらしく「え、U子いまこれ?いまこれでイライラしてるの?情緒不安定なのはホルモンってこと?」と興味を示していたので、

「そうだよー、なんども言ってるじゃん、身体もつらいし、精神的にも荒れてるの、ごめん」と素直に謝った。

恋人は少しゆるんだ表情をして、マニュアル(表)どおりに、「わかった大丈夫、俺がやるから任せておいて」とか「U子寝てていいから!」とか言いながらメロンを切ってくれ、フォークで私の口に入れるなどしたあとは、ときどき横で抱きしめたりしてサポートしてくれた。


ついでに「ねぇ、好きって10回言って」という私のしょーもない上にめんどくさい命令に、

「U子すきだよ、U子だいすき、U子愛してる、U子あいらびゅー、U子アイニージュー、etc」と一応やっつけ仕事ながらも(最後はすきすきでまとめられた)言ってくれたり、

そんな姿を見てまた私は、うふ、ちゃんと10回好きって言ってくれてうれしい、なんてある程度の満足感を覚え、

満たされた直後に、あぁ、私って愚かでブス、生理前症候群でいちいちそんな風になってたら捨てられるかもしれないからちゃんとしなくちゃ、なんて思って弁当と朝ご飯の準備をしてるわけで。



私が逆の立場だったらどうだろう?と考えることは、何においても大事な視点だと思うけど、

だけと一つ、最近思うことがある。


恋人同士や夫婦の関係性において、とことん相手に合わせるってゆうのって、実はそれが一番大切なんじゃないんだろうか


自分の嫌なこと、好きじゃないこと、そんなことまでしたくない、なんて思って自己・自我を通すと絶対的にそこで火花は散ることが多く、

火花が散ったとに何かが残るかと言えば、和解ではなく大抵はわだかまりだ。


相手の言いなりになること、自分のできる限りの範囲で全力で相手に合わせること、

その行動がけっきょく相手の心を動かして、あぁ、私ってブス、俺って最低、もっとちゃんとしなくちゃ、という行動変容になるんじゃないかなぁ。


だまっててうまくいく関係なんてどこにだって存在しない。


「そのままの自分を理解してくれる相手」なんて地球上に存在しないように、自分で努力しないと相手といっしょにいられないんだということを深くそして痛く学んだこの4ヶ月です。


まぁでも合わせてるだけで相手が調子にのる場合もあるし、さじ加減とハンドルさばきのタイミングって大事ですよね。あたしバランス感覚ないから大丈夫かな…先行き不安。



ということで二人で一緒に仲良く過ごすって一見とても簡単のようで、あたえりまえにとても困難でした。
恋人同士や夫婦だって、誰もが一緒にいても幸せだったり仲良かったりちゃんとセックチュしてたりするって限らないってことを今はちゃんとした意味で知ってるので、何かをうらやましくはない。

けっきょく何が言いたいのかというと、環境の変化っつーものは人を成長させるなぁということです。


逆に言うと同じ環境で居続けることは、それなりの影響があるってことか。ふーん、肝に銘じよう。



さて、おやすみなさい。あと2日ねたらカンボジア~ふふふ~ん♩