近頃彼のうちに行きっぱなしでグダグダごろごろしてましたけど、実家に戻ってきています。
今日から幼なじみといっしょにダイエット部を結成し本気でダイエットに取り組みはじめました。えへん
この前の週末、街が開催している「森林ヨガ」に参加したこの私。
虫がすっごい中、森の中で風の音や川のせせらぎ音を超自然の中で聞きながら気持ちよーくヨガできる幸せ!ばんざい北海道!
なんか久しぶりに外に出て他者と関わり、ついでにグチもたっぷり聞いてもらって、自然と関わり、すっごくスッキリしたし楽しかった。
6月の初めに退職して、それからお別れ、それから引っ越し、そのあとも彼の家族と会ったり、ずっと会ってなかったひん死の父親と10年以上ぶりに会ったり、彼の家で慣れない生活をしたりして、
なんとなくあたふた、ふわふわ、何もしてないくせに疲れてて(わりとすぐ疲れるし)、自分の生活ってものがどこにもなかったんだけど、先日ひっこしの荷物がやっととどいて、一息ついた感じ。
今日は住居変更などのために市役所に(やっと)行ってきた。
つーことで、横浜市の転居届けを提出し、正式に生まれた市のちゃんとした市民になりました。イエーイ
横浜に住み始めた頃は、引っ越しについてきた母親の指導のもとでしか動けなかったけど、
今はもうすぐで30歳にもなるし、色んなことを自分でできるようになってよかった。ホッ・・
あとは人生初のハローワークも初体験。あんまり大きな声で言うことじゃないのかな、いや、でも事実だしね…。
自分の住所がちゃんと決まると、生活もしっかりしていこうと思うようになって、
せっかくのしばらくのお休み期間だし、今までやりたかったけど仕事を理由にやってなかったこと、気力が消費されすぎて欠乏しててできなかったことなどを、少しずつやってみようという気になった。
今まで1人でつくって1人で食べてた料理が、誰かのために、誰かに食べてもらうものへと存在意義が少し変化し、作ったことのないものにチャレンジしようとも思うし、
しっかりと栄養のことや、季節の野菜のことから学習しなおそう。せっかく食べ物が楽しい地域に住んでるんだし。
つい半年前までは想像もしなかった場所にいるなぁ。
人生ってそんなもんっていっつも思ってるわりに、毎回そう思うよ
いつもあたしって幸せだなぁと思うし、色んなことに感謝してるけど、どの道を選択したとしても、「本当にこれでよかったのか?」ともうっすら疑問に思って、
そのつど「いや、これが最上だった」と納得しているのの繰り返し。
まずは生活をととのえて落ち着くのが目標。
生活が落ち着くのってそもそもどのくらいかかるんだっけ?
とりあえずヨガ週1回と、フラダンス週1回、週3回のダイエット活動。
よし、これから残りの6月は、楽しんで毎日過ごすぞ!
世の中には男女がパートナーとして生活する人々があふれていて、
その多くの人々が、きっと悩んでいるんだと思う。
男が無造作に、無防備に放つ、信じられないほど失礼な一言と
女が無遠慮に、無関心に放つ、驚くほどに配慮のない一言に。
男と女の間でおきる、「かちんと来たこと」や「言い合いになったこと」や「腹立つ言い方」などをいちいち覚えて腹を立ててたら、とことんキリがないし、時間のムダだし、記憶の容量の無駄遣いだと本気で思う。
だけど、しかし、
だが、しかしだ。
私の彼は、心の底から悪気無く、とてもデリカシーない一言を放つ天才で、それは高校生のときからそうで、30歳の誕生日を迎えた今もたいして変わらない。
だからつきあったときも、十分に理解しているつもりだったけど、
一緒にいる時間が長ければ長いほど、そのダメージは蓄積されていく。
色んなジャンルにわたり繰り返されるデリカシーの無い言動に対して、
この人って、なんてデリカシーないんだろうと頭がまっくろになってこみ上げてくる怒りを抑えるんだけど、
ってゆうか顔や態度に出てる時点で抑えられてないんだけど、
相手が「本気じゃない」ことや、「悪気ない」ことや、「そんなつもりで言ってない」ことなどを考えると、
今度はそんなことをイチイチ真に受けてどっかんどっかんと切れる私のほうに問題があるんじゃないかと思ってくる。
失礼なことに腹をたて、この人は失礼なことを言う天才だと思い、
「あんた失礼なこと言う天才だよ」と口に出すと、今度は私が失礼なことを言っている側に回ってしまい、
そんなふうに、誰かのことを評価したりする場合はなかなか難しい場合が多いよなぁ、なんて今更なんだけど。
人一倍感受性の強いこの私が、デリカシーない一言を放つ天才と一緒に暮らしていくことは、この先も可能なんだろうかと思うけれど、
冒頭のように、誰かと誰かがつきあって一緒に生活していくことはとても大きな出来事で挑戦だと思うし、恋人同士の試練のようにも感じてる
前に言ってたみたく、人として、誰かと一緒に暮らしていくことが「課題」なんだとしたら、やっぱり解決策を時間をかけてでもいいから、少しずつ見つけて行くことがきっと大事なんだろうと自分を落ち着かせてみる。
相手が好きな自分でいること、
自分に好かれる相手でいてもらえること、
それって可能なの?と怪訝な顔で聞いてしまうほどに難しいわ。
「意見」というのは自分の考え考え考えた結果が言葉に出てるもんだし、
意見の主張をし合うことが、恋人同士の関係において好転することはあるんだろうか。
ひとつでも、主張し合って何か新しいアイデアやそうしてよかったと思える決まり事が生まれることはあるんだろうか。
結局のところ、嫌々にしろ、嬉々としてにしろ、どっちかがどっちかの意見を丸呑みした方が、物事は好転することが多いんじゃないだろうか。
それともそれはそれで、後々になってあれもこれもと溢れ出すことが多いんだろうか
それも人によるんだろうか
全体としての確率としてはどうなんだろうか
だけど折れた方も、そうでないほうも、どっちがどっちでも、判定がつくような問題ではないと思いつつも、思ってるのではないか
「それでも私は悪くない」
「それでも俺は悪くない」と。
それともそれは私だけで、ほかの誰かと生きる人は「この意見は私がまちがっていて相手に悪いことをした」と心から思い直して謝ったりすることはあり得るんだろうか。
振り返って「この部分は私も悪かった、ごめんなさい」というところはあったとしても、自分が一度たどり着いた「意見」に対して「やっぱり私が悪かったです」なんて。
誰かと生活することは難しい。まだ住んでないけど、住む前の段階でこれか。
確かに誰かと暮らす生活は、楽しいことや嬉しいこと、1人じゃ経験できないほど幸せであたたかな感情を教えてくれるけど、
だけど1人で生活してたら考えなくてもいいことを「しなければならない」ことは2倍どころじゃなく3倍くらいにいきなり増える。
1人で生活してたときにあった孤独や虚無感は今は感じないけど、
それでも違う感情には支配されるときもあって、それは1人で生活しているときにはただヘラヘラと居眠りしていればよかったけど、相手がいるとそうもいかない。
いいことはたくさん、たくさん、毎日ありがたいほどにあふれている。
1人で暮らさないこと、誰かと一緒に生活すること、大好きな友人たちと別れて地元に住むこと、
私も彼もとりあえずそれを選んだし、「うまくいくように」お互い配慮することが一番大切なことだ、それをもう一度心に銘じよう。
どっちを選んだとしても「これでよかった」と思えるように生活すること。
だからちゃんと自分で決めて行動しよう。
誰かとつきあったり、まして生活をともにするなんて初めての実験的とも言えるとりくみなんだし、気楽に、気軽に。
そういえば、全然話は違うけど、とりあえず「何も治療しないで死にたい」と希望していた父親は、治療することを決意したらしくて入院中。
とうぶん「そのとき」は来そうもないから、失業保険あてにしてプラプラ遊んでないで、そろそろまたちゃんと働くことを考えようかなぁ。
「あんたは無職でいいね」とか、「明日も仕事が休みでいいね」と人から言われるが、現状はそんなにうらやましがられるほど「いいね!」ではないのです。
働かなければ夢は買えないし、生きるには金が必要なのであ~る~
ということでおやすみなさい。
ブログ書いて少しすっきりした。
その多くの人々が、きっと悩んでいるんだと思う。
男が無造作に、無防備に放つ、信じられないほど失礼な一言と
女が無遠慮に、無関心に放つ、驚くほどに配慮のない一言に。
男と女の間でおきる、「かちんと来たこと」や「言い合いになったこと」や「腹立つ言い方」などをいちいち覚えて腹を立ててたら、とことんキリがないし、時間のムダだし、記憶の容量の無駄遣いだと本気で思う。
だけど、しかし、
だが、しかしだ。
私の彼は、心の底から悪気無く、とてもデリカシーない一言を放つ天才で、それは高校生のときからそうで、30歳の誕生日を迎えた今もたいして変わらない。
だからつきあったときも、十分に理解しているつもりだったけど、
一緒にいる時間が長ければ長いほど、そのダメージは蓄積されていく。
色んなジャンルにわたり繰り返されるデリカシーの無い言動に対して、
この人って、なんてデリカシーないんだろうと頭がまっくろになってこみ上げてくる怒りを抑えるんだけど、
ってゆうか顔や態度に出てる時点で抑えられてないんだけど、
相手が「本気じゃない」ことや、「悪気ない」ことや、「そんなつもりで言ってない」ことなどを考えると、
今度はそんなことをイチイチ真に受けてどっかんどっかんと切れる私のほうに問題があるんじゃないかと思ってくる。
失礼なことに腹をたて、この人は失礼なことを言う天才だと思い、
「あんた失礼なこと言う天才だよ」と口に出すと、今度は私が失礼なことを言っている側に回ってしまい、
そんなふうに、誰かのことを評価したりする場合はなかなか難しい場合が多いよなぁ、なんて今更なんだけど。
人一倍感受性の強いこの私が、デリカシーない一言を放つ天才と一緒に暮らしていくことは、この先も可能なんだろうかと思うけれど、
冒頭のように、誰かと誰かがつきあって一緒に生活していくことはとても大きな出来事で挑戦だと思うし、恋人同士の試練のようにも感じてる
前に言ってたみたく、人として、誰かと一緒に暮らしていくことが「課題」なんだとしたら、やっぱり解決策を時間をかけてでもいいから、少しずつ見つけて行くことがきっと大事なんだろうと自分を落ち着かせてみる。
相手が好きな自分でいること、
自分に好かれる相手でいてもらえること、
それって可能なの?と怪訝な顔で聞いてしまうほどに難しいわ。
「意見」というのは自分の考え考え考えた結果が言葉に出てるもんだし、
意見の主張をし合うことが、恋人同士の関係において好転することはあるんだろうか。
ひとつでも、主張し合って何か新しいアイデアやそうしてよかったと思える決まり事が生まれることはあるんだろうか。
結局のところ、嫌々にしろ、嬉々としてにしろ、どっちかがどっちかの意見を丸呑みした方が、物事は好転することが多いんじゃないだろうか。
それともそれはそれで、後々になってあれもこれもと溢れ出すことが多いんだろうか
それも人によるんだろうか
全体としての確率としてはどうなんだろうか
だけど折れた方も、そうでないほうも、どっちがどっちでも、判定がつくような問題ではないと思いつつも、思ってるのではないか
「それでも私は悪くない」
「それでも俺は悪くない」と。
それともそれは私だけで、ほかの誰かと生きる人は「この意見は私がまちがっていて相手に悪いことをした」と心から思い直して謝ったりすることはあり得るんだろうか。
振り返って「この部分は私も悪かった、ごめんなさい」というところはあったとしても、自分が一度たどり着いた「意見」に対して「やっぱり私が悪かったです」なんて。
誰かと生活することは難しい。まだ住んでないけど、住む前の段階でこれか。
確かに誰かと暮らす生活は、楽しいことや嬉しいこと、1人じゃ経験できないほど幸せであたたかな感情を教えてくれるけど、
だけど1人で生活してたら考えなくてもいいことを「しなければならない」ことは2倍どころじゃなく3倍くらいにいきなり増える。
1人で生活してたときにあった孤独や虚無感は今は感じないけど、
それでも違う感情には支配されるときもあって、それは1人で生活しているときにはただヘラヘラと居眠りしていればよかったけど、相手がいるとそうもいかない。
いいことはたくさん、たくさん、毎日ありがたいほどにあふれている。
1人で暮らさないこと、誰かと一緒に生活すること、大好きな友人たちと別れて地元に住むこと、
私も彼もとりあえずそれを選んだし、「うまくいくように」お互い配慮することが一番大切なことだ、それをもう一度心に銘じよう。
どっちを選んだとしても「これでよかった」と思えるように生活すること。
だからちゃんと自分で決めて行動しよう。
誰かとつきあったり、まして生活をともにするなんて初めての実験的とも言えるとりくみなんだし、気楽に、気軽に。
そういえば、全然話は違うけど、とりあえず「何も治療しないで死にたい」と希望していた父親は、治療することを決意したらしくて入院中。
とうぶん「そのとき」は来そうもないから、失業保険あてにしてプラプラ遊んでないで、そろそろまたちゃんと働くことを考えようかなぁ。
「あんたは無職でいいね」とか、「明日も仕事が休みでいいね」と人から言われるが、現状はそんなにうらやましがられるほど「いいね!」ではないのです。
働かなければ夢は買えないし、生きるには金が必要なのであ~る~
ということでおやすみなさい。
ブログ書いて少しすっきりした。
こんにちは、私です。
北海道に引っ越しをして、えーと、何日だ、えっと、6日に引っ越しして…
今日が10日?10日であってるよね??
という具合に曜日の感覚が消失しつつある。
何度もいうけど再び無職ですから!
無 職!
それは職についていないということ!!
いばれることじゃないけど、ただ単に無職!主婦でもなく、なんでもないくせに無職!
働けこんちくしょう!
と自分でも思いますが、ばーさんやら父親のことなどがありますので、今回は失業手当をいただく予定でございます。
それが終わったらちゃんと働くよ~☆
毎日何をしてるのかというと、彼氏のうちに居座り、家具を片付けろだのクローゼットの整理をしてくれだのとやいやい言ってたら、お互いちょっと疲れてきた。
本日から実家に帰り、明日からは父親が入院するために病院に行ってきます。病院へは片道5時間。
さすがスケールの違う北海道ですわ。
誰かと生活することはとても難しい。
数々の友人が「あんたとなんか、絶対、絶対に一緒に住めない」と言い、
そして彼も数々の友人や前の恋人、そして彼自身も「人と住めない」と言われた確固たる自分の生活があるふたりがともに生活を始めようとしてる。
これは…
奇跡?
ってアホか。
パンツのたたみかたやタオルのしまい方、ハンガーの掛け方や靴箱の使い方ひとつをとっても、ありとあらゆるものに「自分のやりかた」というものは存在し、
お互いだてに長く一人で暮らしてるんじゃないし、「えっ、それそうするのっ」と目を丸くしてしまうことも数多くある。
「別にどっちでもいい」「あんまり気にしない」「それでいい」と思ってることも、本気でそう思ってるけど、だけどついつい自分にある、小さな癖みたいなものが抜けていくには当然時間がかかり、
結果的に相手の生活を脅かすことになっていく。
好きな人と顔をあわせてしょーもないことを言い合い、目があったらキスをして、夜眠る前にセックチュをしてふたり同じベッドで眠る生活は、かけがえのない生活の潤いだし、
彼の家族団らんに入れてもらい、U子ちゃんもおいで~といろいろな食べ物や飲み物を分け与えていただくことも涙でるほどありがたい。
だけどやっぱり一方で、彼が彼なりに確立してきた長い一人暮らし空間に長くいることは、苦痛ではないがそれに近いところで窮屈でもあり、
それはたぶん、お互い言葉に出さないだけで感じてる空気なんだろうなぁと感じる私は、実は彼を基準にものごとを考えているようで、
結局は私自身がそう思ってるってことの反映だろう。
今日は頼んでいたダイニングテーブルが届いた。
彼は昨日「俺が買った家具、いらないいらないって言ってさ、別にいいけど」とへんてこな愚痴みたいなのをこぼし、
私たち、もうそろそろちゃんと自分の心の距離とれるように、お互いのこと冷静に対処しようと、思っているところ。
恋人同士は誰もがこういう道を通るのか?
恋人同士、というか、結婚準備なのか、結婚にむけての一人の離脱、なのか。
いままで一人でお金かせいで、一人でつかって、一人で遊んで、一人で暮らしてきたけど、
たぶん大人になるとそれじゃダメになりつつあるのかもしれません
誰かと一緒に、誰かのことを、誰かのために、
そういうのって考えてみたら今までやったことないから、お互いできなくて当然か。
やったことないことはいきなりできないものねぇ。
ちょっとそういう訳で心身疲労気味ですが、それはきっと彼もそうなので、
ぼちぼちとぐだぐだと、誰かと歩調をあわせる練習をしていこうと思う
つーことで北海道でも元気です
関東は空梅雨みたいですね、うーん、関係ないけど心配だわ~
北海道に引っ越しをして、えーと、何日だ、えっと、6日に引っ越しして…
今日が10日?10日であってるよね??
という具合に曜日の感覚が消失しつつある。
何度もいうけど再び無職ですから!
無 職!
それは職についていないということ!!
いばれることじゃないけど、ただ単に無職!主婦でもなく、なんでもないくせに無職!
働けこんちくしょう!
と自分でも思いますが、ばーさんやら父親のことなどがありますので、今回は失業手当をいただく予定でございます。
それが終わったらちゃんと働くよ~☆
毎日何をしてるのかというと、彼氏のうちに居座り、家具を片付けろだのクローゼットの整理をしてくれだのとやいやい言ってたら、お互いちょっと疲れてきた。
本日から実家に帰り、明日からは父親が入院するために病院に行ってきます。病院へは片道5時間。
さすがスケールの違う北海道ですわ。
誰かと生活することはとても難しい。
数々の友人が「あんたとなんか、絶対、絶対に一緒に住めない」と言い、
そして彼も数々の友人や前の恋人、そして彼自身も「人と住めない」と言われた確固たる自分の生活があるふたりがともに生活を始めようとしてる。
これは…
奇跡?
ってアホか。
パンツのたたみかたやタオルのしまい方、ハンガーの掛け方や靴箱の使い方ひとつをとっても、ありとあらゆるものに「自分のやりかた」というものは存在し、
お互いだてに長く一人で暮らしてるんじゃないし、「えっ、それそうするのっ」と目を丸くしてしまうことも数多くある。
「別にどっちでもいい」「あんまり気にしない」「それでいい」と思ってることも、本気でそう思ってるけど、だけどついつい自分にある、小さな癖みたいなものが抜けていくには当然時間がかかり、
結果的に相手の生活を脅かすことになっていく。
好きな人と顔をあわせてしょーもないことを言い合い、目があったらキスをして、夜眠る前にセックチュをしてふたり同じベッドで眠る生活は、かけがえのない生活の潤いだし、
彼の家族団らんに入れてもらい、U子ちゃんもおいで~といろいろな食べ物や飲み物を分け与えていただくことも涙でるほどありがたい。
だけどやっぱり一方で、彼が彼なりに確立してきた長い一人暮らし空間に長くいることは、苦痛ではないがそれに近いところで窮屈でもあり、
それはたぶん、お互い言葉に出さないだけで感じてる空気なんだろうなぁと感じる私は、実は彼を基準にものごとを考えているようで、
結局は私自身がそう思ってるってことの反映だろう。
今日は頼んでいたダイニングテーブルが届いた。
彼は昨日「俺が買った家具、いらないいらないって言ってさ、別にいいけど」とへんてこな愚痴みたいなのをこぼし、
私たち、もうそろそろちゃんと自分の心の距離とれるように、お互いのこと冷静に対処しようと、思っているところ。
恋人同士は誰もがこういう道を通るのか?
恋人同士、というか、結婚準備なのか、結婚にむけての一人の離脱、なのか。
いままで一人でお金かせいで、一人でつかって、一人で遊んで、一人で暮らしてきたけど、
たぶん大人になるとそれじゃダメになりつつあるのかもしれません
誰かと一緒に、誰かのことを、誰かのために、
そういうのって考えてみたら今までやったことないから、お互いできなくて当然か。
やったことないことはいきなりできないものねぇ。
ちょっとそういう訳で心身疲労気味ですが、それはきっと彼もそうなので、
ぼちぼちとぐだぐだと、誰かと歩調をあわせる練習をしていこうと思う
つーことで北海道でも元気です
関東は空梅雨みたいですね、うーん、関係ないけど心配だわ~
なんか曜日の感覚があんまりないんだけど、
どうやら今日は6月4日で、なんとも今夜はこの家で過ごす最後の夜だそうで…。
なんか実感湧いて寂しくなり、さきほども部屋をぼうっと眺めてたら涙でてきた。うぅぅ、へっくしょーい
新しい職場の新しい仕事から、辞めることを決めて、そんで今日まで、いや、明日も、とにかく色々手続きやら準備やらがたくさんあった。
めまぐるしく過ぎて行く毎日にあわわわ、と内心なりながら、なんとか今日にたどりついたって感じです。
段ボールに囲まれながら、この記事を書いてる。
7年前にドキドキでワクワクした気分で変えたウッドランプシェードを、もともとついてた洒落っ気のないプラスチック製のものに変えて、見慣れたキッチンは誰か知らない人のものになってしまったようだ。
この数週間、とうとうずっと踏ん切りがつかなかった北海道に帰るのを決めたきっかけ、
色んなことが色んなタイミングで重なって、
「あぁ、もうこれって、こういうことなのかな」と横浜を離れるタイミングが核心をせまる勢いで流れてきたおかげで、自分でもきっぱりと決心できたし、
いつだって何かを進めるときにはある程度のスピードが必要だと思うけど、それにしたって色んなことがいつもより5倍速くらいで進んでいき、少し落ち着いて振り返ってみれば、その流れを操縦するのに必死だったと思う。てゆーか今も現在進行形なんですけどね。
ここに住んで8年目、色んな思い出について振り返ることもなく、たくさんの人にお別れも言えることができなくても、
「まぁ、突然のことだったししゃーねーな」という感じで、ただ目の前にあるコンテンツをこなすのが精一杯で。
かろうじてキー様とあこちゃんとゆかちゃんに会えたけど、あとはまぁ、また東京来たときにでも会って帰ろう、みたいな感じ。
そんな余裕のないために、逆に縮めて余裕出した感の残り少ない横浜生活の中、
6月2日は、こっちでお世話になった人たちがたくんさん集まってくれて、
サプライズでお別れパーティーをしてくれた。
あたしは本当に、本当に本当に本当に、ぜんぜん全く、ちっとも、そんなことを企画してくれてるなんて予測なんてしてなかったし、
というよりもみんなと会うのは時間的に不可能だと思ってたから、(体調も不良だし)無理せずに、ぼちぼち会ったりしていこうなんてグダグダと思ってただけだったので、
心から、本当に、心から嬉しかった。
集まってくれたのはあたしのほか24人の友人たち。
チョコと正志とSちゃんと4人で多摩動物園で遊んだ帰りに、けろっと到着したお店は、
へ?ここ?なんでここにしたの??と怪訝になってしまうくらいの暗さで、風船とかついてるし、
このお店やってないじゃん、なんでここ?クーポンでも使ったの??と、お店に入るまで間抜けなまでに「???」みたいな感じだったんだけど、
「U子ちゃん、おつかれさまーー!」と店員さんが言ってくれて、ちょっと明るくなってカウンターにずらっと座ったみんなの顔が見えたとき、びっくりして、本当にびっくりして、何回も言うけど超びっくりして、
サプライズのさよならパーティーだというのを理解するのにかなりの時間がかかって、その間「えぇー??」と情けない反応しかできなかった。
就職して長く過ごした街を離れる、ということ
結婚式でもないのに、それだけ多くの友人たちに、ただそれだけ、ただそのことだけで集まってもらえるというのはなかなかないというのは自分でも分かる。
私の友人が友人をつなぎ、その友人がまた友人をつなぎ、
一つの場所で、私のためだけに集まってもらえるということ、
これが私が上京して過ごしてきた現状だと思うと、心から誇らしいと思えたし、純粋にしあわせだと思った。
たくさんの人からの色んなメッセージ、ギフト、色んな気持ちをうけとって、
あたしの生活は、こんなに楽しくて明るいものに支えてもらってたんだとしみじみ再確認したと同様に、
あたしという存在が、こんなに多くの人たちの生活の一部を支えてたんだと思うと、何とも言えない感慨深い気持ちになった。
みんなあたしのこと好きなんですねぇ
ですけどね、
あたしたぶん、それ以上にあなたたちのこと好きですからねぇ!
企画してくれたらしいSちゃんは、
「私、今回のことで、あなたの友人様たちとよく連絡とりましたけどね、まぁ、みんな親身になっていい人でしたわ!」と言い、
「なんかそんでこっちまであったかい気分になりましたよ」などと付け加え、さらに私の心をあたたかくしてくれた。
さらにあたたかくしてくれた上、昨日も今日も仕事が終了したらまっすぐにうちまで来てくれて引っ越しの荷造りを手伝ってくれて、Sちゃんが半分くらいやってくれたと言っても過言でもないような働きぶりで、
あたしは、気持ちを受け取って、よりいっそう、寂しさが募る。
色んなことがあったこの7年と少しの横浜。
もうチョコと正志とグダグダ昼からビールのんでキャッチボールしたり、夜中に酔っぱらって大きな声で笑いながらアイス買いに行ったり、
ロンハーマンで悶絶したり、かわいい服を見に行ったり、どうしようもない体調で適当に桜木町あたりでランチしたり、渋谷で迷子になったり、
このうちでご飯をつくってみんなで集まることも、
よっぱらって眠る誰かに毛布をかけたり、二日酔いの体調不良者に供給するモーニングコーヒーを入れることもなくなるんだと思うと、あぁ涙出てきた。
結局北海道でつきあってた中学から知ってる元カレとヨリ戻るって…と自分でもちょっと恥ずかしいけど、
あたしは男と出会うためではなく、人生でこういう気持ちを知るために、きっとあのとき「都会に出たい」と決めたのかもしれません。
しれません、ってゆうかそうだわ。そうです。そうですね。2回言っておこ。
この場所でよかったし、みなさんのこと、これからも大切にします。くすん。
みんなからもらったメッセージには、だいたい「正直」とか「素直」とか「自由」とか「熱い」とか、そんなような雰囲気のワードが記されていて、
私は自分に対してそうでありたい、たとえ誰かに迷惑をかけようとも、その辺はご配慮お願いします、と思っているため満足である。
誰かが正直で素直で自由で熱くいられるために、私も真摯な姿勢で助けたいので、これからも注意深く普及活動を行っていきたい。
嫌々ながら引っ越し準備を進めている私に対して、彼は、
「あんた、ほんといーの?そんなに大事にされてる友達とお別れして俺と住むなんて…」とすこし心配していたが、
「まぁ俺も同じくらい大事にしたらそれでいいか」と1人で納得している様子だった。
あたしは彼のことも、正志やチョコ、以下全員省略と同じくらいに大事に思ってるから、北海道でも同じ私でいられるように、素直に元気に生活します。
さて、もうガムテープなくなったし、やる気もなくなったからもうあとは朝やろう。
おやすみなさい。
ここで寝るのも最後かぁ、もうひとつ忘れずに言っておきたいのは、あのとき中目黒に引っ越ししなくて、本当によかった…ということです。
運は常にこちら側にあるぜ!と常に思うのがポイントであ~る~
次の更新は北海道から。
さて、次回もお楽しみに!
どうやら今日は6月4日で、なんとも今夜はこの家で過ごす最後の夜だそうで…。
なんか実感湧いて寂しくなり、さきほども部屋をぼうっと眺めてたら涙でてきた。うぅぅ、へっくしょーい
新しい職場の新しい仕事から、辞めることを決めて、そんで今日まで、いや、明日も、とにかく色々手続きやら準備やらがたくさんあった。
めまぐるしく過ぎて行く毎日にあわわわ、と内心なりながら、なんとか今日にたどりついたって感じです。
段ボールに囲まれながら、この記事を書いてる。
7年前にドキドキでワクワクした気分で変えたウッドランプシェードを、もともとついてた洒落っ気のないプラスチック製のものに変えて、見慣れたキッチンは誰か知らない人のものになってしまったようだ。
この数週間、とうとうずっと踏ん切りがつかなかった北海道に帰るのを決めたきっかけ、
色んなことが色んなタイミングで重なって、
「あぁ、もうこれって、こういうことなのかな」と横浜を離れるタイミングが核心をせまる勢いで流れてきたおかげで、自分でもきっぱりと決心できたし、
いつだって何かを進めるときにはある程度のスピードが必要だと思うけど、それにしたって色んなことがいつもより5倍速くらいで進んでいき、少し落ち着いて振り返ってみれば、その流れを操縦するのに必死だったと思う。てゆーか今も現在進行形なんですけどね。
ここに住んで8年目、色んな思い出について振り返ることもなく、たくさんの人にお別れも言えることができなくても、
「まぁ、突然のことだったししゃーねーな」という感じで、ただ目の前にあるコンテンツをこなすのが精一杯で。
かろうじてキー様とあこちゃんとゆかちゃんに会えたけど、あとはまぁ、また東京来たときにでも会って帰ろう、みたいな感じ。
そんな余裕のないために、逆に縮めて余裕出した感の残り少ない横浜生活の中、
6月2日は、こっちでお世話になった人たちがたくんさん集まってくれて、
サプライズでお別れパーティーをしてくれた。
あたしは本当に、本当に本当に本当に、ぜんぜん全く、ちっとも、そんなことを企画してくれてるなんて予測なんてしてなかったし、
というよりもみんなと会うのは時間的に不可能だと思ってたから、(体調も不良だし)無理せずに、ぼちぼち会ったりしていこうなんてグダグダと思ってただけだったので、
心から、本当に、心から嬉しかった。
集まってくれたのはあたしのほか24人の友人たち。
チョコと正志とSちゃんと4人で多摩動物園で遊んだ帰りに、けろっと到着したお店は、
へ?ここ?なんでここにしたの??と怪訝になってしまうくらいの暗さで、風船とかついてるし、
このお店やってないじゃん、なんでここ?クーポンでも使ったの??と、お店に入るまで間抜けなまでに「???」みたいな感じだったんだけど、
「U子ちゃん、おつかれさまーー!」と店員さんが言ってくれて、ちょっと明るくなってカウンターにずらっと座ったみんなの顔が見えたとき、びっくりして、本当にびっくりして、何回も言うけど超びっくりして、
サプライズのさよならパーティーだというのを理解するのにかなりの時間がかかって、その間「えぇー??」と情けない反応しかできなかった。
就職して長く過ごした街を離れる、ということ
結婚式でもないのに、それだけ多くの友人たちに、ただそれだけ、ただそのことだけで集まってもらえるというのはなかなかないというのは自分でも分かる。
私の友人が友人をつなぎ、その友人がまた友人をつなぎ、
一つの場所で、私のためだけに集まってもらえるということ、
これが私が上京して過ごしてきた現状だと思うと、心から誇らしいと思えたし、純粋にしあわせだと思った。
たくさんの人からの色んなメッセージ、ギフト、色んな気持ちをうけとって、
あたしの生活は、こんなに楽しくて明るいものに支えてもらってたんだとしみじみ再確認したと同様に、
あたしという存在が、こんなに多くの人たちの生活の一部を支えてたんだと思うと、何とも言えない感慨深い気持ちになった。
みんなあたしのこと好きなんですねぇ
ですけどね、
あたしたぶん、それ以上にあなたたちのこと好きですからねぇ!
企画してくれたらしいSちゃんは、
「私、今回のことで、あなたの友人様たちとよく連絡とりましたけどね、まぁ、みんな親身になっていい人でしたわ!」と言い、
「なんかそんでこっちまであったかい気分になりましたよ」などと付け加え、さらに私の心をあたたかくしてくれた。
さらにあたたかくしてくれた上、昨日も今日も仕事が終了したらまっすぐにうちまで来てくれて引っ越しの荷造りを手伝ってくれて、Sちゃんが半分くらいやってくれたと言っても過言でもないような働きぶりで、
あたしは、気持ちを受け取って、よりいっそう、寂しさが募る。
色んなことがあったこの7年と少しの横浜。
もうチョコと正志とグダグダ昼からビールのんでキャッチボールしたり、夜中に酔っぱらって大きな声で笑いながらアイス買いに行ったり、
ロンハーマンで悶絶したり、かわいい服を見に行ったり、どうしようもない体調で適当に桜木町あたりでランチしたり、渋谷で迷子になったり、
このうちでご飯をつくってみんなで集まることも、
よっぱらって眠る誰かに毛布をかけたり、二日酔いの体調不良者に供給するモーニングコーヒーを入れることもなくなるんだと思うと、あぁ涙出てきた。
結局北海道でつきあってた中学から知ってる元カレとヨリ戻るって…と自分でもちょっと恥ずかしいけど、
あたしは男と出会うためではなく、人生でこういう気持ちを知るために、きっとあのとき「都会に出たい」と決めたのかもしれません。
しれません、ってゆうかそうだわ。そうです。そうですね。2回言っておこ。
この場所でよかったし、みなさんのこと、これからも大切にします。くすん。
みんなからもらったメッセージには、だいたい「正直」とか「素直」とか「自由」とか「熱い」とか、そんなような雰囲気のワードが記されていて、
私は自分に対してそうでありたい、たとえ誰かに迷惑をかけようとも、その辺はご配慮お願いします、と思っているため満足である。
誰かが正直で素直で自由で熱くいられるために、私も真摯な姿勢で助けたいので、これからも注意深く普及活動を行っていきたい。
嫌々ながら引っ越し準備を進めている私に対して、彼は、
「あんた、ほんといーの?そんなに大事にされてる友達とお別れして俺と住むなんて…」とすこし心配していたが、
「まぁ俺も同じくらい大事にしたらそれでいいか」と1人で納得している様子だった。
あたしは彼のことも、正志やチョコ、以下全員省略と同じくらいに大事に思ってるから、北海道でも同じ私でいられるように、素直に元気に生活します。
さて、もうガムテープなくなったし、やる気もなくなったからもうあとは朝やろう。
おやすみなさい。
ここで寝るのも最後かぁ、もうひとつ忘れずに言っておきたいのは、あのとき中目黒に引っ越ししなくて、本当によかった…ということです。
運は常にこちら側にあるぜ!と常に思うのがポイントであ~る~
次の更新は北海道から。
さて、次回もお楽しみに!



